「ふう……」

 電気もつけずに真っ暗な部屋でため息をつく少女が一人。
 机に向かっているのはいいがまったく勉強などする様子のないこの少女、髪は淡い赤色にしてウェーブをかけている。

 成績優秀、運動神経抜群、生徒会長にしてその人望は厚く、生徒はもちろん教師からも一目置かれる、いわゆる学院のアイドル。少女の名は桂ヒナギク。又の名を桂(妹)。もしくは桂(本物)。

 と、これだといかにも完璧超人であるかのような言われようである。だがしかし彼女だって人間であり、悩みの一つや二つ存在してしかるべき。今もとある悩みのため、こうしてため息までついていたりするわけだ。
 その悩みというのも、何も特別なものではない。

「どうしてあの人は、私のことを好きにならないのかなあ……」

 実に女の子らしい、いわゆる恋の悩みというやつだ。

 そしてあの人とは、彼女が昔から憧れている、サッカー部の先輩。











 ……なんてオリキャラではなく、無論このマンガの主人公、我らが借金執事、綾崎ハヤテのことだ。


『私のハヤテが、あんなうす胸を好きになるはずがない!!』(某お嬢様N)

『いやいや、あの二人には何かあるんじゃないかなー』
『むしろその方が面白いよねー』
『そうそう、実は二人は既に夜の校舎で一線を越(以下検閲省略)』(自称生徒会長の親友三人組)

『もしそうだったら、またいろいろとやっかいなことになりそうですね……』(自称十七歳某メイドM)


 こんな感じで最近注目を集めていた彼と彼女の関係であったが、どうやらヒナギク嬢にはハヤテに対してその手の感情が生まれていたらしい。

 だがしかし、相手の奥手さ、もとい鈍さもなかなかのもの。

 スパッツも見た。ちらっと胸も見た。抱きつかれもした。二人きりにもなった。良い雰囲気にもなった。
 ……のだが、彼がヒナギクに対して恋愛感情を持った様子はない。

「ああ、もう!!」

 考えているうちに苛立ってきたのか、心の中のもやもやを込めてドゴンと机を叩き、椅子から立ち上がる。

 主人の渾身の一撃を真っ向から受け止めたかわいそうな机は手のひらの形にへこんだりしてるのだが、それを気にもとめずにヒナギクはベッドにごろんと転がり、目を閉じた。

「ふう……」

 そして、二度目のため息。

「ヒナ、ため息ばかりしてると幸せが逃げるわよ?」

 静かな暗闇の中、何となく、姉の声が聞こえた気がした。

「わかってるわよ、でも……」

 心の中の姉に返答しながら、今度はハア、と三回目のため息。

「あ、またやった。お姉ちゃんの言うこと聞いてないでしょ」

 ガサゴソとなんだか怪しい音と共にまた聞こえる姉の声。

「お姉ちゃんにはわからないわよ……」

 そう返答し、ふと目を開けると、

「……………………」

 そこには恐らく多くの人が思った通り、妹の机をあさる情けない姉の姿があったとか。



「お、お姉ちゃん!? 何時の間に……!?」

 言いながらヒナギクが部屋の電気をつけると、さすがに本人の見ている前で机を物色するのははばかられたのか、本人の見てないところでやられるほうがむしろ危険だしそもそも他人の机をあさるのはやめてくださいマジでお願いします、という誰かの願いが届いたのか、とりあえず雪路は机をあさるのをやめ、

「私がこの部屋に入ったことにも気付かないなんて……私の妹ともあろうものが、あんな男に骨抜きにされてしまうとは情けない……」

 偉そうに言い放った。だが責めてはいけない。普段妹のほうが出来が良いと言われている姉としては、妹の弱みらしきものを発見できて嬉しくてしょうがない、という、なんかいろいろと正直な性格なのだ。

 で、出来の良い妹の方はというと、

「ちょ、ちょっと待って!! 誰が骨抜きになんてされてるのよ!! ハヤテ君が私に何の反応もしないからちょっと疑問に思ってただけで……」

 もうそれこそ顔を盛大に火事にして慌てていたそうな。


 さて、ここでヒナギク嬢は所謂『墓穴を掘る』ということをしているのだが、気づいていただけただろうか?  答えは下の雪路さんのセリフ。


「ほーう、綾崎君か……」

「!?」

 そう、今までヒナギクは『綾崎君』『ハヤテ君』など、借金執事を連想させる言葉を声に出していない。
 雪路も『綾崎君』という言葉は使っていない。だというのに、勝手にハヤテの事を気にしていると言ってしまう。まさに『墓穴を掘る』というやつである。

「いやぁ……」

 ニヤニヤニヤニヤ笑いながら、容赦無く続ける雪路さん。

「『どうしてあの人は、私のことを好きにならないのかなあ……』なんて言ってるからカマかけてみたんだけど、まさか綾崎君のことを好きになってるとはねぇ……」

「〜〜〜っ!!」

 ヒナギク嬢の額のあたりでブチッという音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、彼女のその右手には、泥棒、強盗、迷惑な姉と、これ一本ですべてを撃退できる、通販で買ったお得な逆刃刀真打。

「お姉ちゃん……歯をくいしばりなさい」

「ふっ……今のあなたで勝てるかしら? 九十八戦零勝九十八敗……そろそろ勝たせてもらうわよ、ヒナ」

 と、そう言う雪路さんの手にも、いつのまにか刃がギザギザしていてノコギリのような刀。

 お互いに準備は万端。さて、かくして桂姉妹の血で血を洗う血戦が始まる気がします。


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