結局のところ、何があったのかヒナギクは詳しくは知らない。
マリアに少し話を聞いたが、その原因となった出来事や、そうなってしまった過程については、マリアは話さなかった。
興味が無い、といえば嘘になる。
しかし、知ったところで今更どうしようもないというのも事実。
ヒナギクがそれを知った時にはすべてが終わってしまっていたというのも、
彼が一言別れを告げることさえ無くいなくなってしまったというのも、
覆ることの無い事実だった。
元気な人。どこか子供っぽい雰囲気がある人。
それが第一印象だった。
だから、三千院家の執事だと聞いたときには驚いた。
本当にこんな人が執事なんてやっていけるのだろうか、と。
マリアに訊くと『色々問題もあるけど、ナギにとって意味のある存在だから』と、優しく笑っていた。
その言葉に何故か妙に納得したことが、記憶に残っていた。
ナギが剣道部に入部してからは、自然と話すことも多くなった。
仲良くなると、部外者は立ち入り禁止だと言ってるのに、いつのまにかナギと一緒に生徒会室に勝手に入ってくるようになった。
ナギが幽霊部員になってからも、それは変わらなかった。
変わったのは、突然。
ナギと彼が、急に学校に来なくなった。
最初は、いつものことだと思った。ナギが学校をサボることは珍しくはなく、ナギが来ていないのだから、彼が来ないのも当然だと思った。
だが、そんな考えとは裏腹に、二日経っても、三日経っても、二人は来なかった。
一週間が経って。
ナギは、マリアに付き添われながら学校に来た。
ヒナギクは、二人の憔悴した様子に驚いて。
普段なら学校に来ないマリアがここにいることと、普通ならここにいるはずの彼がここにいないことに疑問を持って。
小さな声で、マリアに事の次第を訊いて。
そして。
彼が三千院家の屋敷を出ていったこと、それと同時に、
この学校をやめたことを知った。
それから、数ヶ月。
三千院家に、新しい執事が来たと聞いた。
ナギがひどく入れ込んでいて、独断で採用を決めたとのことだった。
それならそのうち会うこともあるだろうと、そう思っていた。
しかし出会いは、思ったよりも早かった。
一見頼りにならなそうで、実は頼りになって。少し初心だったりもして。何よりも、自然に話せる。
彼とは少し違うけれど、面白い人だと思った。
ナギが懐いているという、新しい執事。
きっと、自分とも仲良くなれる。
生徒会室に入れてあげると言った自分に、彼が期待の眼差しを向けていた時。
ヒナギクも、何かに期待していた。
それは、とても曖昧な期待。
以前と同じような日々が戻ってくることへの期待。
これから、新しい日々がやってくることへの期待。
その期待は、ハヤテが生徒会室を出ようとした時に、言葉になった。
ヒナギクの願望も、たしかに乗せて。
──そのうち……マメにここへ出入りするようになるかもよ?