二月十四日、放課後。
帰宅後に、今年の結果を確認。
もらったチョコレート、六十六個。
あげたチョコレート、ゼロ。
もらった分については学校で既に食べてしまったものもあるが、包装紙を利用してちゃんとカウント済み。
あげた分については、考えるまでも無い。
つまり、一切数え間違いは無いと言える。
「なんでこうなっちゃうのかしら……」
六十六個という数が、女の子らしくあろうという自分の努力をあざ笑っているかのようであり、今年も一つもあげていないということが去年と何一つ変わっていないと実感させて、少しいらいらする。
とはいえ、これを食べないというのは自分の信条に反する。
想いが込められているものだから食べないのは失礼だと、そんな思いの元で、一つ、また一つと飲みこんでゆく。
口の中が甘ったるく、少し気持ち悪くすらなってきているというのに、その数は一向に減らない。
ひどく憂鬱になりながら、それでもヒナギクは、まるでそうすることが仕事である機械のように、黙々と食べ続ける。
しかし、一つのチョコレートを口に入れた瞬間、ヒナギクに変化があった。
「にが……」
無意識に口に出す、小さな呟き。
その味は、先程食べたチョコレートのそれに似ていた。
自分が用意していたチョコレート。
結局、自分で食べたチョコレート。
その味を思い出して、ヒナギクは思う。
本当なら、少しだけ前に進んでいるはずだったのに。
あげたチョコレートの数、ゼロ。
今年は、それが一つ増えるはずだったのに。
寂しいような、空しいような。
そんな感情に囚われている間にも、時は過ぎてゆく。
持っていたチョコレートが溶けて、手がベタつく感覚。それを感じて、ヒナギクは我に返った。
(……手、洗ってこなくちゃ)
汚れていない左手でドアを開けて、階下に降りる。
家には誰もいないようで、物音一つしない。
住み慣れた家が急に広くなったような、そんな感覚が、今この時、声をかける相手がいないということが、沈んだ気持ちにさらに拍車をかける。
ヒナギクは他の物には見向きもせずに台所へ向かうと、手についたチョコレートを水で洗い流した。
手についた水滴を拭き取ると、牛乳などがあることを期待して冷蔵庫を覗いてみるが、ちょうど切らしているらしく、中には欲しい物は何も無い。
仕方なく水で喉を潤して、チョコレートの待つ自室へと戻ることにした。
力なく扉を開けて、重い足取りで部屋に入る。
当然のごとく、チョコレートは変わらずそこにある。かなり食べたように感じていたが、数えてみると、まだ半分も減っていない。
ヒナギクはため息を一つつくと、無造作に手を伸ばして、その一つを掴んだ。
「あ…これ……」
ふと手に取ったチョコレート。
他のものに関しては記憶が曖昧な中で、それだけは、誰からもらったものなのかすぐに思い出せた。
自分が後押しをした人。
彼のことが好きな人。
「西沢さん、かぁ……」
その名を口に出して、今日の彼女との出会いを思い出して、考える。
たぶん、何も特別なことはないんだろう、と。
バレンタインデーに、好きな人にチョコレートを渡そうとして。
いざ好きな人の前に行くと怖くなって、義理だと言って渡して。
でも最後には、ちゃんと思いを伝えることができる。
意志の強さを思わせる行動ではあるけれど、それでもその行動は、普通の女の子の範疇だろう。
何も特別なことは無い。
そう、特別なことは無いのだけど。
無いのだけど、何かが。
その行動の中には、何か自分には足りないものが、溢れているような。
今日一日の彼女の行動。あんな風に行動できる彼女そのもの。
それを羨ましいと思ったのは、きっと気のせいではない。
「また会えるかな……」
もう一度会って、もっと話をしたいな。
そう思いながら、チョコレートの包みを開けた。