『えっと……なんで僕がこれを持っていくんですか?』
『実は、私達にはこれから用事がある』
『用事?』
『ヒナちゃんの誕生日が三月三日なんだけどね』
『……ええ!? もう三日しかないじゃないですか!?』
『うむ、それで三日後にちょっとしたサプライズパーティーのようなものを企画しているのだが、もうあまり時間がない。つまり我々はこれからすぐにその準備をしなくてはならない』
『……わかりました、そういうことなら仕方ない……』
『よし、頼んだぞ』
『それでは私達はカラオケでも行こうか』
『じゃあ駅前のMAIHIMEでも行こ!!』
『……あれ?』





「まったく、どこで油売ってるのかしら……」
 他に誰もいない生徒会室でひとり呟くと、桂ヒナギクはお気に入りのカップに手を伸ばした。それを手に立ち上がると、慣れた手つきで、既に三杯目となるお茶を淹れる。
 既に授業が終わって一時間近く経過している。もし掃除当番などが当たっていたとしても、それを終えてここに来るのには十分な時間。
 おそらく、教室で世間話でもしているのだろう。自分を持たせている友人達とは長年の付き合いなので、それは容易に推測できる。同時に、何も言わずにただ待っていたら、そのまま忘れて帰ってしまうかもしれないということも。
 メールで念を押しておくべきだろうか。思ってポケットの携帯電話を手に取った。眼前に持ち上げて開こうとすると、エレベーターの階数表示が動いているのが目に入った。
「……遅いわよ」
 言いつつ、三人の愛用カップを取り出し、自分のと合わせて四人分の準備を始める。エレベーターはすぐに登ってくるので、到着するまでにできはしない。だがそれでも、準備はできるだけ早めにしておいた方が良いとの配慮からだ。
 そうこうしているうちに、背後からエレベーターの到着音が鳴った。ドアが開くのを耳で確認し、準備を中断する。
「遅い……」
 しかし振り向きざまに発した言葉は、驚きと共に飲み込まれた。三人の少女が乗っているはずのエレベーターには、苦笑いしている少年が一人。
 不意を突かれてしばし硬直したヒナギクだったが、少年の手に数枚のプリントが握られているのを見て、ようやく事態を飲みこんだ。
 まったく、と一息つくと、ヒナギクの表情が少しだけ柔らかくなった。
「ここは生徒会のメンバーしか入れないって言ってるでしょ?」
「すみません……瀬川さん達から、これを渡しておいてくれと頼まれて……」
 やっぱり、と納得すると同時に、それはおそらく三人がここには来ないということを意味していると悟った。ヒナギクは三人分の用意を片付けながら、新しく一人分を用意しながら、背中越しに少年に問う。
「まあとりあえず……ハヤテ君、せっかく来たんだからお茶でも飲む?」
「え……あ、はい、いただきます」
 ハヤテの返答を確認するまでもなく、ヒナギクはそのまま手を動かし続ける。三人の分を用意していたので、ハヤテ一人の分を用意するのにはほとんど時間はかからなかった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「お使い、ご苦労様。それにしても、みんなどうしてこのくらい自分で持って来ないのかしら? ハヤテ君、理由聞いてるでしょ?」
「え、あー……えっと、なんだかやることがあって忙しいとかで……」
「ふーん……」
 しかし、言葉を濁すハヤテの目は宙を泳いでいる。あまりといえばあまりのわかりやすさに少し呆れながらも、とりあえず三人がはっきりとは言えない理由で仕事をすっぽかしたということは、ヒナギクの中では確定事項となった。
 後で三人にきっちりお灸を据えてやろう。密かに決意して、小さく頷いた。

「と、ところで、ヒナギクさんって、なんだか──」
「ん? 私が、なんだか?」
 話題を逸らしたいのか、少々強引に話を変えようとするハヤテを、ヒナギクは再び見据える。
「──なんだか、お雛様みたいですよね」
 彼を見据えたその目が、ほんの少しだけ見開かれた。







『いや、冗談だ』
『冗談だ♪』
『…………』
『まあハヤ太君も男ならプレゼントの一つくらい用意しておくんだな』
『ひょっとしたらそれをきっかけにどんどん仲良くなっていずれはあんなことやこんなこと……』
『しません!!……でも、ヒナギクさんの誕生日って三月三日だったんだ……』
『ん? どしたの?』
『いえ、なんだかヒナギクさんって、名前もそうだし、誕生日もそうだし──』





「──なんだか、お雛様みたいですよね」
 何の変哲も無い、ただの世間話。そう思っていたから、意表を突かれた。
 この話題が嫌いなわけではない。かつて友人達にこれと関連した話をしている最中に『あること』をめぐってからかわれたことがあったが、その時以外は、自分をお雛様──と言うよりは、最上段に飾られる女雛の人形──と重ねることに対しては、あまり嫌な気持ちは持たなかった。むしろ、自分を綺麗な人形と重ねて見ることを好いていたり、そんなふうに思われることを誇っていたような記憶の方が印象に残っている。
 ただ、他の誰でもない綾崎ハヤテとこの話をしているという状況に、ヒナギクは戸惑っていた。
 結果として生まれた数秒の躊躇いの後、ヒナギクは平静を装って答える。
「まあ、結構よく言われるけど」
「あ、やっぱりそうなんですか? 誕生日も三月三日ですし……」
「誕生日もそうだし、名前もそんな感じだから、ね。もしかしたら、そもそも名前の由来が──」
「お雛様が由来なんですか?」
「……かもしれない、しね」
 少し話し過ぎたかと後悔しつつ、ヒナギクはそこで言葉を切った。実際のところ、それが自分の名前の由来であるのか、本当のところはわからない。もはや両親にそれを確認する術は無いのだから。
 はっきり言い切らないことにハヤテは疑問を感じているようだったが、あまり聞いてほしくないと言うヒナギクの気持ちを感じとっているのか、それ以上は訊いてこない。
「ところで、私の誕生日が三月三日だって誰に聞いたの? 私はハヤテ君に教えてなかったと思うけど……」
「ああ、それは、瀬川さんや花菱さん、朝風さんが……」
「…………」
 その答えに、やっぱりと頷く。あの三人とはクラスも同じなので、最近は仲が良いとは聞いていた。
 そしてあの三人と自分の誕生日について話したという事実は、同時にあることを予測させる。
「じゃあもしかして、あの話もした?」
「あの話?」
「だから……」
 そこで、言葉が止まった。
 すべてを話してしまいたい。そんな衝動が理由もわからないままに渦巻く中で、ヒナギクの中の何かが、これ以上続ける事を躊躇わせた。

 不思議な気持ちだった。
 その続きを、『あの話』を、ひいては今までの思いを、彼の前ですべて話して終わりにしてしまうのが、とても悲しいことのような気がして。
 自分は何か間違っているんじゃないかという違和感が、心の内を占める。
 もう気持ちの整理はつけたはずなのに。

「……ごめん、なんでもないわ」
 突然こんなことを言われても、彼にしたら迷惑だろう。自分が勝手に抱いて、勝手に決着をつけた気持ちなんだから、わざわざ言うべきことではない。
 そう、思っておくことにした。







『ほえ? ヒナちゃんの誕生日って三月三日だったの?』

 ──そうよ? 知らなかったの?

『名前がヒナな上に誕生日も三月三日とは……まるでお雛様だな』
『でもヒナちゃんカワイイからお雛様の格好してもきっと似合ってるよ♪』

 ──別にそんな格好はしないけど……まあ、ありがと。

『フン……これだからガキどもは甘っちょろいのよ』
『おお、なんだなんだ、雪路が騒ぎ出したぞ』
『あ、桂ちゃんもうお酒飲んでる』

 ──お姉ちゃん、いきなり何……?

『ヒナが本当のお雛様となるためには決定的に足りないものがある……そう、それは男雛!!』

 ──へ?

『えっと……? あ、そっか、ヒナちゃんって彼氏いないよねー』
『なるほど、言われてみれば女雛だけでお雛様と言うのも何だな』
『これは彼氏が出来るまではお雛様と呼ぶわけにはいかないな』
『でもそれだと一生お雛様にはなれないんじゃないか?』
『そ、そんなことないよ! ヒナちゃんだって彼氏くらい……ちょっと時間かかりそうだけど』
『というかヒナってむしろ男雛って感じがする』
『男にももてるが女にもかなりもててるし……まあ、そもそも女雛にふさわしい女らしさが無いな』

 ──みんな、言いたい放題言ってくれるじゃない……!!

『だって事実だし』

 ──うっ

『恋の一つもしたこと無いくせに』

 ──ぐっ

『たしかにちょっと男の子っぽいところが多いかも……』

 ──わ、わかったわよ!! もっと女の子らしくして、恋とかもすれば良いんでしょ!?

『おお』
『おお♪』
『別に今のままでもいいんだけどな……』

 ──美希、何か言った?

『い、いや、何でもない』



『ね、みんなもそう思うでしょ? 一万円すら貸してくれないお雛様なんておかしいでしょ?』
『雪路、話がおかしい』






 ──そもそもの発端は、何だったのだろうか。
 二月十四日、あの日から今日に至るまでのおよそ二週間、幾度か考えた。
 そして辿りつくのは何度考えても決まって、三人の親友と一人の姉との会話。

 あれは冗談のようなもの。それに、女らしくしていようがしていまいが、恋をしていようがしていまいが、そんなことは自分の勝手。他人にどうこう言われる筋合いは無い。
 その会話について、ヒナギクの理性はその時はそう答えを出した。
 だが、理性以外の部分は、別の──本当にそれでいいのだろうか、という疑問と、今とは違う自分に対する好奇心──に揺れていた。
 彼との出会いがそんな時だったのも、こんなことになった一因なのだろう。

『言ってくれれば助けに行きますよ』
『綾崎ハヤテです。あなたは?』

 生徒会長。その肩書きを背負ってリーダーシップを発揮しているヒナギクにとって、誰かにリードされるような感覚は、新鮮さと共にどこか懐かしさを感じさせるものだった。
 その後の彼との関係においては自分が主導権を握ることが多くなったが、彼についてふと感じた予感が、消えることなくヒナギクの中に残り続けていた。
 彼はこれからも自分に対して主導権を握ってくれる存在になるではないか、という予感が。

 ──もしそうなったら、どうする?

 不意に、そんな疑問が浮かんだ。

 最初にその答えを探そうとした時は、よくわからない感情が胸に沸いた。
 輪郭すらぼやけたその気持ちをその時のヒナギクは無視して、答えは保留しておくことにした。
 だが時が経つに連れ──彼と一緒の時間を過ごしていくに連れ──それが少しずつ形作られていくのを、ヒナギクは感じていた。


 ある時、自分の部屋でベッドに横になりながら、何の気無しに見たカレンダー。
 十四の数字の下にある、バレンタインデーの文字。
 あと二週間と少しのその日に今までには無かった期待を寄せて、ヒナギクは小さく思った。


 そう、もしも彼に女雛の隣に一緒に、対等な位置に座る男雛としての資格があるのなら、

 そういう対象として見ても良いかもしれない、と。


 どこか熱っぽく、それでいて心地良い高揚感。
 ハヤテと出会ってからの一ヶ月にも満たない時間で芽生えた感情。

 そのまま光を浴びて育っていくように思えていたそれに影を差したのは──






『リタイアしよう』
『へ?』
『リタイアしてハヤテを病院に連れていく!!』
『え!? だけど……!!』
『リタイアしたらあいつ、もうお前の執事に復帰は──』
『いい!! ハヤテが無事なら……私はそれでいい……!!』

 その気持ちに影を差したのは、年下の友人だった。
 肉体面でも精神面でも、まだまだ幼いと思っていた。だが彼女の決意は、ヒナギクの思いもよらないほどに強いものだった。

 そして、もう一人。






 小さな綻びが生じていた。
 ハヤテが自分の執事であって欲しいという願望。ナギがハヤテを助けるために、それを捨てようとした時。
 何故だか、ハヤテに対する自分の気持ちがナギのそれ──おそらく、自分の執事というだけではない──に比べて、すごく薄っぺらいものであるように思えた。



 そして、二月の十四日。

 自分の気持ちは、薄っぺらいものなんじゃないか。ナギの決意を目の当たりにして抱いたその疑問は未だ残り続けていたが、バレンタインデーという日にかける期待はそれに先行した。
 どうやって渡すかなど一切考えないままに、とにかくチョコレートを作って、いつ機会があるかわからないので、ポケットに忍ばせておいた。
 女子からチョコレートをもらうのは例年通りだったが、今年は自分もチョコレートを渡す相手がいると考えると、たくさんもらっても何故かそれを苦に思う事は無かった。むしろ、チョコレートというものにどれほどの思いが込められているか自らもチョコレートを作る事で理解したためか、ちゃんと一つ一つ食べよう、とすら思えたほどだった。

 そうやって、また何かが上手く回り出そうとしていた時、一つの出会いをした。

 西沢歩。
 彼女の存在が、綾崎ハヤテの中でどれほどの大きさを占めていたのかはわからない。
 ただ、綾崎ハヤテの存在が彼女の中でかなりのウェイトを占めているというのは、容易に想像がついた。
 転校したハヤテを追いかけてきて、『ずっと一人だけ』だと言い放つ意志の強さ。
 彼女を前にして、確信してしまった。
 もしも彼に女雛の隣に一緒に、対等な位置に座る男雛としての資格があるのなら、そういう対象として見ても良いかもしれない。
 自分のハヤテに対するそんな気持ちは、少なくとも彼女のハヤテに対する気持ちに比べたら、些細な事でひびが入ってしまうみたいに弱くて、吹けば飛んでしまうくらいに軽い。

 この人と比べたら、自分は場違いだ、と。
 きっと、自分の気持ちは偽物だったんだろう。本物は、彼女みたいなものなんだ、と。

 ヒナギクはそんなことを思って、自分で作ったチョコレートを口にした。

 男の子のためと作ったそれは、思ったよりも、苦かった。









『じゃあもしかして、あの話もした?』
『あの話?』

 どうしてなのかは、わからない。
 ただ、あの時は、洗いざらい喋ってしまいたい気分だった。

 そう、お雛様というには男雛が足りないとからかわれたこととか、
 その男雛の対象としてハヤテを意識しようと思ったこととか、
 自分の気持ちがとても軽いと知って、捨てることにしたとか。

 けれど、話し始めようとした瞬間には何故か、それはやっぱり話したくないという思いが、漠然と込み上げてきた。
 どうしてなのかは、わからないけれど。




「それじゃあ、そろそろ僕はこれで……」
 時計をちらりと見たかと思うと、そう言ってハヤテは席を立った。ヒナギクも同じように時間を確認し、自分の誕生日の話を半ば強引に終わらせてとりとめのない世間話に移行してから、既に三十分以上が経過していることを知った。
 もともと彼はプリントを持ってくることを頼まれただけだ。仕事をさせることはできないし、何より、体調を崩して今日は学校を休んでいるという主のことが気になっているに違いない。そもそも彼を引きとめてここにいさせる理由もない。
 すぐそこのエレベーターまでではあるが、ひとまず見送るためにヒナギクも立ち上がった。
「三人に言っておいて。仕事ならたっぷりあるから、逃げずにここに来なさいって」
「あはは……」
「笑い事じゃないのよ? この時期は今年一年の総括とか、新入生歓迎の準備だとか……」
「あ、なるほど。生徒会は大変ですね〜」
 自分にとっては対岸の火事、とのんきに構えるハヤテに、ヒナギクはクスリと笑う。
「あら、何なら生徒会に入って仕事を手伝ってみる? そうそう、忘れてるみたいだけど、ここは本来生徒会以外は立ち入り禁止なのよ?」
「あ〜……申し訳ありませんが、この時期は僕も忙しいので……」
「ふーん……」
 苦笑いと、言いにくそうな態度。そのためか、普通ならそれで終わりであろうハヤテの返事が、少し心に引っかかった。

 この時期。三月。年度末。一体何が忙しいのかとあれこれ考えているうちに、ある単語が脳裏をよぎる。
 一度思い浮かべると、その単語は妙に存在感を持ち始めた。それに、思い当たることもある。最近の自分の思考を支配していた出来事が。

 ハヤテがこの時期忙しいという理由、それを自分の中で決めつけて、ヒナギクは言い放つ。
「そうね、もうすぐあの子に返事をしなくちゃいけないんだから。余計なことに気を取られてる場合じゃないわね」
「え? ヒナギクさん、あの子に返事って……?」
「……あのね、ハヤテ君」
 その間の抜けた返事に、ヒナギクは苛立ちを隠さない。ハヤテに向かって、一歩踏み出す。
「ハヤテ君がどう思ってるかは知らないけど、西沢さんは本当にあなたのことが好きなんだから。それにきちんと答えるのは、男の子の義務でしょ? それとも、バレンタインのお返しをホワイトデーにするものだっていうことも知らないの?」
 言いながら、一歩、また一歩とヒナギクが詰め寄るごとに、ハヤテは後退していく。
 ヒナギクが全てを言い終えた時には、ハヤテは壁を背に追い詰められていた。
 もはや逃げ場の無いハヤテ。かといってヒナギクも前に進むことはできない。
 そんな均衡状態がきっかり十秒間続いた後、ハヤテはおずおずと口を開いた。
「あの……それはわかってますけど、どうしていきなりホワイトデーの話に……?」
 その言葉に今度はヒナギクが面食らった。
 嫌な予感を心の奥に携えて、訊き返す。
「え……だって、この時期忙しいって、ホワイトデーのことじゃ……」
「いえ、学年末試験の対策が……」
 窓はきちんと閉じているはずなのに、ひゅう、と風が吹いた。ように思えた。
「と、とにかく! あの子の気持ちは本物なんだから、適当にあしらったりしないこと!! わかった!?」
 顔を赤くするヒナギクに背を向けて、ハヤテはエレベーターに乗り込んだ。
 苦笑いするハヤテの顔を直視できず、ヒナギクは少し目線を逸らした。
「それじゃあヒナギクさん、また明日」
「……うん、また明日」
 別れの挨拶の交換が終わると同時に、扉が閉まり始める。
 その途中、ちらりと見た彼の笑顔が、苦笑いのそれではなかったことが、何となく嬉しかった。






 また、ひとりになった生徒会室。
 自らの靴音のみを聞きながらお気に入りの椅子まで足を運び、それに深く腰を下ろす。

 よくわからなかった。
 自分は何を考えているのか、何をしたいのか。
 自分の中にあるこの気持ちの正体が何なのか、わからなかった。

 彼に投げかけた言葉を思い出す。
 二月の十四日に自分が出会った少女。彼女の想いにきちんと答えることは男の子の義務だと言った。
 彼女の気持ちは本物なんだから、適当にあしらったりするなとも言った。
 それらに何一つの嘘も無く、それが自分の本心であるという確信もある。
 だから、わからない。

 この感覚、まるで彼の背中を押したことを後悔しているようなこの気持ち。初対面の少女を彼と引き合わせたり、彼に少女を追いかけるように言った、その時にこみ上げたのと似た気持ち。それも、ハヤテに実際にそう言っていた時はまったく気にならなかったことが、不思議と今は気になって仕方が無い。
 自分の気持ちは薄っぺらい偽物だと思ったからこそ、本物の気持ちを持っている人を応援したいと。
 そう思っていたはずなのに。
「……ああ、もう!」
 ヒナギクは雑念を振り払うかのように頭を横に二、三回振った。
 だが頭の中では形の無い思考が渦を巻き、何一つ意味を成さない。
 そのまま太陽が地平線の向こうに沈むまでの時間を消費して考え続けたが、それでも結論には辿りつかなかった。
 どうやらヒナギクは、その気持ちについてしばらくは答えを出せそうにない。



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