by the brilliant yellow 〜opening〜



 ほんの少し、昔のお話。
 マリアが自分の部屋で寝巻きに着替え、布団に入ろうとしていた時、それは起こった。
 とん、とん、とノックされた扉を、こんな時間に誰だろうと疑問に思いながらマリアが開けると、そこにはナギが枕を持って立っていた。
 どうしたの、とマリアが訊く前に、ナギは一方的に喋りだす。
「マ、マリア……実は暗いところが怖かったりしないか?」
「……へ?」
 いきなりそう言ってきたナギに、マリアは最初は面食らった。
 だが次の言葉を聞いて、この素直じゃない、けれどわかりやす過ぎる少女の心の内はすべて理解できてしまった。
「い、いや、マリアは暗いところとか苦手そうだし、寝る時とか一人じゃ怖いだろうから私が一緒に寝てあげようと思って……」
「…………」
 暗いところが怖いので一緒に寝てくれ。マリアのナギ語翻訳装置はそう答えを出した。
 そして同時に、一つの疑問が起こる。
 少なくとも昨日までは、ナギはこのようなことは言わず、暗い部屋でも一人でちゃんと眠っていた。特に暗い場所が苦手ということは無かったはずだ。
 それが今日になって、こんなことを言い出したのだ。
(今日は……伊澄さんと遊んでましたけど、何かあったんでしょうか?)
 ナギの数少ない親友の一人である伊澄。彼女とナギが語り合う、もといナギが一方的に自作の漫画の話を始めるとそこはもう自分の理解の及ばない世界になるというのはわかっていたので、伊澄が遊びに来たときは基本的に二人きりにしようとマリアは決めていた。
 そのため、伊澄と何かあったとしてもマリアにはわからなかった。
(そういえば、帰る時に伊澄さんもちょっと元気が無かったみたいですし……)
 明日にでも訊いてみようと思いながら、マリアはナギを部屋に迎え入れた。



 自分の枕の横に、ナギが持参したそれを並べる。本来一人用であるマリアのベッドは二人で寝るには少し狭かったが、今のナギのことを考えると、それで良いように思えた。
 ナギに続いてマリアが布団に入ると、その手を、ナギが少し汗ばんだ手で握ってきた。
 空いている方の手を部屋の明かりのスイッチを切るために伸ばし、
「電気、消しますよ?」
 確認すると、ナギは一瞬ピクリと反応し、マリアの手を握る力を強めると、おそるおそるといった様子で頷いた。
 パチン、という音が響き、部屋が一気に暗くなる。窓の外の空は曇っていて星一つ見えず、視界に光を発するものは何も無くなった。
 こんな時くらい月や星が出てくれていたら良いのに、と少し腹を立てながらマリアも布団に体を入れてナギを見てみると、ナギは目を瞑って、小刻みに震えているようだった。
「ナギ……」
 大丈夫ですか、と問う前に、ナギはもぞもぞと動いて自分からマリアの方に寄って来て、そのままマリアの腕にぎゅっとしがみついた。
「…………」
 その顔を自分の胸に押し付けてくるナギに、マリアは何も言わず、ナギが掴んでいないもう片方の腕を動かして、ナギの体に回してやった。
 ちょうど抱き合うような格好で、自分の腕の中で震える小さなナギは、だけど暖かかった。



 しばらくそうしていると、胸元からナギの規則正しい寝息が聞こえてきた。
 ナギがどうやら眠れたらしいと知って、マリアはほっと一息ついた。
 いつのまにか雲が晴れて、月明かりが覗いている。布団から一房漏れでたナギの金髪が、その光に照らされていた。
「本当に、綺麗な髪ですね……」
 思わずそれに触れたくなって、ナギの体に回していた手を動かそうとすると、小さな声が聞こえてきた。
「マリア……」
 その声にマリアは驚いて手を止め、ナギの顔を覗いた。その目は閉じられたままで、呼吸も起きている時のそれではない。
「寝てますよね……」
 寝言ですよね、と確認したのもつかの間、ナギはまた、
「マリア」
 と眠りながら呟く。それと同時に、マリアの腕を握る力が少し強くなった。
 動かした手を元の位置に戻し、マリアも少しだけ力を強めてナギを抱きしめる。
「……こんなこと考えちゃ、ナギに悪いですよね」
 そして、今考えたことを、少し勝手な気持ちを、ナギに小さく詫びた。
 自分の横ではナギが暗闇に怯え、震えているというのに。
 今の自分は、きっと何よりも心地よい幸せの中にいると思ったから。
「ナギ」
 反応はないとわかっていながらマリアはナギに呼びかけ、そして囁く。
「大丈夫ですよ。私はずっとあなたの傍にいますから」


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