ヒーローというものについて、君はどのように思うだろうか。
 私のいきなりの質問に少年は驚くような素振りを見せ、次いで、何故そんなことを訊くのか、そして質問の意味がわからないと答えた。
 この質問をここに戻ってくる途中に会った彼女にした時にも同じ反応が返ってきたので、これは予測できていた。ちょっと興味があってね、とだけ言って、説明を開始する。先ほどの彼女と同様に、少年もいまいち納得していないようだったが、とりあえず耳を傾けてくれるようだ。
 ヒロインがピンチになったら現れて必ずその子を助けてくれる、そんなヒーロー。と、そこまで言ったところで彼は、どこかで聞いたようなと洩らした。
 たしかに、あの子がそんなヒーローが好きだと言った時、少年も傍にいた。と言うよりも、あの子は少年に対してそう言ったのであって、私がそれを聞いていただけだった。
 とりあえず少年の呟きは無視して、そんなヒーローがいたら、君は、ヒロインを助けるヒーローか、ヒーローに助けられるヒロインのどちらに憧れるかという質問なのだが、と説明を終える。
 その説明があの子の受け売りであることに気づいたのかどうかは定かではないが、質問に対して少年は少し考えると、誤解しないでくださいよと前置いて、どちらかと言うとヒロインの方だと答えた。
 なるほど、やはり君にはそちらの気があったのか。
 と私が口に出すよりも早く、ヒロインになりたいということではなく、ヒーローに助けられることに憧れていた、と少年は付け加える。しばらくの間この屋敷にいてわかったことだが、彼はやはりそちらのネタには敏感なようだ。
 どうして、助けられることに憧れたのか。
 どちらかと言うと男の子であればヒーローに憧れる傾向があるのではないかという固定観念も私の中にあったのだろう。女の子であればヒロインに憧れる傾向がある、という固定観念を見事にひっくり返してくれた、彼女のことも脳裏に浮かぶ。彼女とこの少年は、裏返せば意外と相性が良いのかもしれない、そのようなことを考えながら、私は更に少年に尋ねていた。
 その質問には最初、少年は少し言葉を濁していた。それでも律儀に語ってくれたところによると、彼はここのお嬢さまに執事として拾ってもらう以前は、不真面目な両親のためにとても苦労をしていたらしい。クリスマスにサンタクロースが来ることも無く、働かない両親のために自分はバイト三昧の日々、その中で、真面目にやっていればいつかは報われると信じていたらしい。……そのような過去を聞いてしまえば、少年の答えにも納得がいく。
 少年を呼ぶ声がする。あの時ダンジョン内にいた一人、金髪の少女だ。
 先ほどの会話の内容が思い出される。寂しげに話すあの子との会話の中で、何度も出てきた少女。
 その声を聞いて反応する少年。私に一言告げて立ち去ろうとする少年を見て、彼の話を思い返して、もう一つだけ質問が浮かぶ。
 彼女が君のヒーローなのか。
 少年は虚を衝かれたような表情を見せたが、それも一瞬、少女の方に振り返りながら答えた。
 そうですね、と。
 少年との強い絆を持つ、ヒロインにしてヒーローの少女。
 私の中で散らばっていた、あの子の言葉が更なる意味を帯びてくる。
 そのどちらにもなれなかったあの子が、洩らした言葉が。



 居ついていたダンジョンが破壊されて以降、私はこの近くを動き回りつつ私の存在を見ることができる数人に話しかけて退屈を紛らわせたりアニメやゲームを楽しんで心を潤したりという形で残り少ないと思われる余生を満喫しているわけだが、その日に私がそこに行ったのは彼女の悩みを聞いて進むべき道を諭すなどという私の生前の職務とはまったく関係無く、ただ純粋にチラリズムを求めてのことだった。そう、何を隠そう私には見知った人間の周りで起こるチラリを察知する能力が……いや、この話はまたの機会にしよう。
 その結果として和服の幼女、いや少女が妖怪に捕まった際の一瞬のチラリを得ることが出来たのでその訪問は無駄になることは無かったわけなのだが、本来はその類稀なる才能とそれに準じる力を持って妖怪悪霊共を滅殺して回るルール無用の残虐ファイターである彼女が何らかの精神的な理由からその力を一時的に失っているとの事実を目の当たりにし、彼女が現在私と会話することの出来る数少ない人間の一人であると同時に茶飲み友達ということもあり、そのチラリという形で私の寿命を一時間程度、いや二時間程度は延ばしてくれたであろうことの代価とでもして彼女の悩みの解消に付き合おうとした、それが今回の話の始まりだったと言える。
 彼女は最初、何も話そうとはしなかった。見かけによらずなかなかの頑固者のようで、これは自分の問題だから自分でなんとかするのだと頑なになるだけだった。
 未来視の力を持つ彼女の母親によると、彼女が不調を回復するためには、あの少年が限界ギリギリになったときの生き血が必要とのことだった。だがそれすらも、少年自身は協力しようとしていたにもかかわらず、彼女ははねつけた。
 ……実は、この時点で私は、彼女の不調の原因について見当を付けていた。
「あの少年のことか?」
 俯き気味だった彼女の肩が、ピクリと震えた。
 かつてあのダンジョン内で、彼女は少年に言っていた。
『ハヤテさまはナギのヒーローだから…ナギの所に行ってください……』と。
 そして数日前。少年への気持ちについてとても斬新な結論を出した少女と、その少年の二人のことについてこの場所で茶を飲みながら語っていた時。あの時の彼女の様子を思い出せば、おおよそ推測できた。加えて、彼女の母親が予知した回復方法も、少年に関係のあることだ。
 おそらく彼女は、少年のことが好きなのだろう。にもかかわらず、友人であるナギという少女のために、その気持ちを押し殺している。それが彼女に精神的な負荷を与えているのではないだろうか、と私は考えた。
「ハヤテさまは……ナギのヒーローですから……」
 案の定、彼女は小さく呟く。ここでその言葉が出てくるからには、私の推測は当たっているのだろう。
 ……その時の私は、そう思っていた。
「それに……ナギも、ハヤテさまのヒロインですから」
 だから、彼女が言葉を続けた時、何を言っているのか理解できなかった。
 あの少女が、少年のヒロイン。どのような経緯で、このような言葉が出てくるのか。
「……私の力で何ができるのか、考えていました」
「……君の力で?」
 彼女は答えなかったが、おそらく、彼女が現在失くしている力のことだろうとは理解できた。
「私のせいで傷つけてしまった大切な友達に……何ができるのか、考えました。私のせいで闇を恐れるようになってしまったナギに……」
 思い返すように言う彼女に見えるのは、後悔と決意の色だった。
「だから私は決めたんです。この力で、ナギを守ると。幽霊や妖怪、暗闇を恐れるようになってしまったナギを、それから守ろうと決めたんです」
 過去に何があったのか、詳しいことはわからないが、彼女はその力を友人である少女のために使おうとしていた、いや、使っていたらしい。
「もう二度とあんなミスをしないために、たくさん修行を積んで……」
 だが、そうすると先ほどの言葉は。
 彼女の友人の少女は、あの少年のヒロインだと言った。その意味は。
「でも、この力のことを知ったら怖がってしまうだろうから……ナギには、秘密にしながら」
 そこで彼女は、言葉を切った。その背中を見つめながら、私の中ではある推測がなされていた。
 彼女が力を失くしたのは、ヒロインになれなかったことで精神的に不安定になったということなどではなく、彼女がヒーローとして、その力を使う一番の理由が失くなってしまったからではないかと。
「ナギには、お日さまみたいに笑っていてほしかったんです」
 私は直感的に、彼女はこれ以上を話したりしないだろうと感じていた。事実、振り返った彼女の目は、これで話は終わりだと告げていた。
 ……だが、最後に一言だけ。
 とりあえずあの屋敷に向かおうと、縁側から腰を上げて私が歩き始めた時、彼女はぽつりと、確かに呟いていた。
「私には、そんなことを思う資格は無かったのかもしれませんが」



 ヒロインにしてヒーローの少女。あの子に対して、随分と皮肉だ。
 やれやれ、と口走りそうになるのを抑えながら、主のもとへと向かう少年を送り出した。
 あの子が心の中に抱えているもの。その具体的な中身は私にはわからないが、それは、私がいくら話を聞いたところで、どうにかできるものではないのだろう。
 かと言って、あの子一人で決着をつけられるものでもないだろう。あの子の根本にあるのはおそらく、罪の意識や、友人への贖罪の気持ちに近いものだからだ。
 だからそれができるとしたら、少年の名を呼びながら彼に笑顔を向けているあの少女だけなのだろう。
 彼女のお日さまのような笑顔。それがいずれ、あの子の暗い部分を照らしてくれるに違いない。
 どこかのアニメにもありそうな、そんなことを思いながら、私はその場を後にした。


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