「今日から二年生か……」
 彼女の名は塚本八雲。多くの女の子がそうであるように、彼女もまた恋をしていた!!

(姉さんも烏丸先輩に頑張って告白したし……私も頑張ろう)
 それは一ヶ月ほど前のこと。
 もうこれ以上無いというほど幸せに満ちた様子で、天満が告白成功の旨を伝えてきた。相手の烏丸も、両親を説得して日本に残れるようにしたらしい。

「やーくーもっ。おはよーっ」
「あ、サラ。おはよう」
「今年も一緒のクラスになれるといいね」
「うん、そうだね……」
 しかし八雲には、サラ以外にもう一人一緒のクラスになりたい人物がいた。その人物は本来自分より一学年上なので、普通ならそれはありえないことだが、なぜかその人は一ヶ月ほど前から学校を休みがちになり、それまでの欠席日数も響いて留年してしまったのだ。

 そして八雲は、その人物を視界に捉えた。
「播磨さん……」
 無意識に顔が赤くなる。サラはそれを見て八雲をからかう。
「あーっ、八雲、播磨先輩と同じクラスになりたいんでしょ……私がクラス見てきてあげようか?」
「ううん。自分で見るよ」

 そして八雲はクラスが貼り出されている表に近づき、ゴクンと喉を鳴らし、自分と播磨の名前を探す。
 するとそこには、2−Dの欄に播磨拳児と塚本八雲の名があった。
(やった……!!)

「おめでとう八雲……」と近づいてくるサラに、無意識に渾身の右ストレートを見舞い、播磨の近くへ歩いていく。
「播磨さん、一年間よろしくおねがいします」
「ああ、妹さんか……でも一年間も世話にならないと思うぜ」
「え? どうしてですか?」
「……もう学校に来る理由も無くなっちまった。それでもなんとなく今までは来てたけどよ、留年しちまったし、この際だから明後日には学校辞めるんだ」








 その夜、八雲は悩んでいた。何に悩んでいるかというと、目の前の紙に何を書くか、について。
 既に時計は午前の二時を指し、周りには失敗した何枚もの紙くずが散らばっている。
 最初は「好きです」と書くだけで良いと思っていたが、その一言が書けずに何時間も悶々としているのだ。

(やっぱり姉さんはすごいな……)
 姉は一年前に、現在付き合っている相手にラブレターを書いたという。今の自分と同じように。
 同じ道を辿っているのに、こんなにも差が出るものなのか。
 そんな思いが去来する中、数時間前の、尊敬すべき姉とのやり取りが思い出された。





「八雲、元気無いよ? どうかしたの?」
「ううん、なんでもない……」
 自分とは対称的にいつも元気な姉に訊かれるが、答える気が起きず、ごまかしてしまった。姉の後ろには自分を心配する心の声が浮かんでいる。

「そうなの? でもお姉ちゃんの力が借りたくなったらいつでも言うんだぞ!!」
「うん……そうだ、姉さん」
「ん? どうしたの?」
「前に烏丸先輩が転校しそうだった時、どうやって引きとめたの?」
「八雲……?」
「お願い。教えて」
 天満は怪訝そうな顔をするが、必死に訊いてくる八雲に、お姉ちゃんパワーを発揮していつになく真面目に答えた。

「八雲……そういうときは、なんとしても引きとめなくちゃ。八雲の想いを形にするの」
「形にする……?」
「そう! ラブレターを書くのよ!!」
「ラ、ラブレター……!?」
 天満の突拍子も無い提案に戸惑うが、天満は熱く語り続ける。

「八雲。これは愛の試練よ。今告白しないと、一生後悔することになっちゃうよ」
「……うん、わかった。頑張ってみる」



 だが、頑張ってみても未だにまったく書けないでいる。何度も書こうとしているのだが、
「私は播磨さんを、す、す、ストーキング……じゃなくて」
「播磨さんが、す、スプラッタ……違う」
 こんな感じで約六時間。

 なけなしの勇気を振り絞っても「鋤」としか書けなかったところでペンを投げ出し、ベッドに横になってしまった。



 すると、いきなり部屋のドアが開いた。そこにいたのはもちろん、姉の塚本天満。
「姉さん!? どうしたの、こんな時間に……」
 普段は早寝遅起の姉がこんな時間に起きている。それだけで八雲にとっては驚きだった。

「八雲、何も飾らなくていいんだよ。ただ自分の想いを書くだけで、きっと伝わるよ」
「姉さん……」
「私はいつでも八雲のことを応援してるよ」
 伝えたいことは伝えたのか、それだけ言うと眠たそうに自分の部屋へ戻っていった。お姉ちゃんパワー全開の天満でも、やはり眠気には弱いらしい。

「姉さん、もしかして今までずっと起きて……?」
 いくらなんでも今まで寝ていたのがタイミング良く起きたなんて考えられない。そして、なぜ起きていたのかというと……

「私のために……」
 そう思うだけで、勇気がどんどんわいてくるような気がした。いや、姉から勇気をもらえたのだ。
 八雲は自分の頬を勢いよく叩き、ベッドから起き上がった。








 そして翌日。

「結局、すごい量になっちゃったな……」
 靴箱の前に立つ八雲の手には、やはり巻物……ではなくなぜかDVDが一枚。
『播磨参絵』と書かれたこれをパソコンで見たならば、巻物数百個分になる量の恋文が、1バイトの空きも無くぴったり詰められているのがわかるだろう。

「精一杯、頑張ったよね」
 八雲はそれを、播磨の靴箱を何度も確かめてから確かに入れ、その場を後にした。



 放課後になり、八雲は播磨があれをちゃんと持ち帰って見てくれるか心配で、掃除当番もほったらかして靴置き場に張り込んでいた。
 そしてしばらく待っているうちに、播磨が姿を現した。

「ん? こりゃDVDか? 『播磨参絵』……って何だ? まあ何だかわからねーが、帰って見てみるか」
 そう言うと播磨はそれを鞄に入れ、いつものようにバイクに乗って帰っていく。
 八雲はそれをじっと見ていたが、播磨の姿が見えなくなると急に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

「八雲、よく頑張ったね」
 すると上から天満が声をかける。どうやらこちらもずっと様子を伺っていたらしい。

「姉さん……」
 ぎゅっと自分を抱きしめる姉に、ちょっと恥ずかしいけれども抵抗はせず、何かをやり遂げた充実感に満ちた笑顔を浮かべる。
 しかし、次の天満の一言で、その顔はみるみる強張った。

「ところで八雲、名前ちゃんと書いたよね? 私去年書くの忘れちゃって、ホントどうしようかと思ったん……」
 八雲の顔を見て、天満はそれ以上の言葉を止める。そして、おそるおそる訊いた。

「もしかして八雲……忘れたの?」
 その問いに、八雲は少し涙目で頷いた。
 天満は自分がまずいことを口走ってしまったことに気付き、必死にフォローする。

「い、いやでも私の時だってどうにかなったし、八雲だって大丈夫だよ。ちゃんと八雲の気持ちは伝わってるはずだし……ね?」
「うん、そうだね……」
 だが八雲の表情はすぐれない。

「私、もう帰るね……」
「あ、ちょっと八雲!」
 天満の止める声も聞かず、暗いオーラを纏ってそのまま八雲は帰ってしまった。





 さらに翌日。

 昨日の暗いオーラもそのままに登校した八雲。不安に押しつぶされそうだった。
 今日は播磨が学校を辞めるといった日。もし彼が学校に来ていなかったら、と考えると、すごく恐かった。



 だから、校門の前に播磨の姿を見つけたときは、嬉しくて泣きそうになってしまった。
「播磨さん!! 学校、辞めないんですね!?」
「ああ、まあな」
 心なしか顔が赤いように見える。だが今の八雲にはそれを気にするよりも、嬉しさの方が勝った。

「それじゃあ、早く教室へ行きましょう。私達、同じクラスですから」
「あ、妹さん……」
 教室に行こうとしたが、不意に手をつかまれる。八雲の心臓の鼓動が一際大きくなった。

 驚きと喜びに胸をふくらませて振り向くが、
「あ、いや、何でもねえよ」
 播磨は顔をいっそう赤くしてそう言っただけだった。



 しかしその時、八雲の目には播磨の心が確かに見えた。

(引きとめてくれて、ありがとな)

「えっ……?」
 昨日のあれには名前を記した覚えはない。
 なのに、どうして自分が送ったものだと知っているのか。
 考えているうちに、播磨は八雲の手を掴んだまま歩き出した。

「ほ、ほら。早くしねーと遅刻になっちまうぜ」
 依然赤いままの顔だが、なんとかそれを隠そうとして顔を逸らしている。
 そんな播磨を見て、八雲は笑顔を向け、言う。

「播磨さん、これからもよろしくお願いします」
「……ああ」

 いつのまにかお互いに手を握り合い、二人で歩いていった。



 八雲は気付かなかった。
 確かに「塚本八雲」の名は一言も書いていない。
 事実、播磨も途中までは誰のものなのかわからなかった。

 しかし、最後の文章だけは、塚本八雲の名が容易く連想できるものだったのだ。



『播磨さんと一緒に漫画を描いた時間、すごく楽しかったです。学校を辞めたりしないで、もっと傍にいさせてください。お願いします』




 『似たもの姉妹』──fin


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