私が布団に入って安眠していると、なんか魔理沙がやって来た。箒に乗ってやって来た。
 霊夢にプレゼントをしたいけど金が足りないからアリスに借金をしなくちゃいけないと魔理沙は言った。

「二百年かけて返済するようローンを組んだんだが」
「うん」
「連帯保証人になってくれ」
「いいよ」

 正直意味がわからなかったけど眠かったので頷いた。ついつい頷いた。夜だし。夜遅くだったし。あまり考えないで頷いた。

「しかしさすが霊夢、思い切りがいいな」
「だって私以外に保証人になってくれる人とかいないでしょ、あんたの場合」
「いや、いるぜ。ほら、あれだ……咲夜とか」
「あいつがそんなほいほい連帯保証人なんてなるわけないじゃない」
「じゃあ、あれだ、早苗」
「同上」
「阿求とか」
「ふざけてる?」
「ひどいぜ。いや実際、頼めばなってくれると思うぜ?」
「ないないそれはない」
「わかった、わかりましたー。私は霊夢がいなきゃ借金もできませんー。というかそもそも霊夢がいないと借金する意味が無いわけだが」
「私がいないと借金ができなくて夜も眠れません」
「霊夢がいないと借金ができなくて夜も眠れないのでここで寝ていい?」
「いいよ」
「わぁい」

 魔理沙はいつもの白黒の服をばたばた脱いで白くなった。ネグリジェだった。そのまま布団につまり私にダイブしてきたので全力で避けた。布団を被って二秒で寝た。霊夢ぅ……なんて呟いた。なんだろこいつ。

 で、逃げた。魔理沙が逃げる前に私が逃げることにした。自分の服を引っ張り出すのが面倒だったので魔理沙の服を着て逃げた。自分の寝巻きはそのへんに投げ捨てた。魔理沙の服はなんだかすごく軽くて、そのくせほどほど暖かかった。
 夜遅いけど、まあ、ここなら大丈夫じゃないかなあと思って守矢神社に来てみた。現代っ子は日付が変わっても起きてるもんだって紫が言ってた。

「こんばんは魔理沙さん……髪黒くしたんですね……」

 寝てた。蛙と蛇がそこらじゅうにプリントされた可愛いパジャマ着てうつらうつらしてた。私のことを魔理沙と思ってるみたいだったので、まあいいやそれで通してみよう。

「うん、髪黒くしたの。お祝いにお賽銭頂戴」
「いいことですよ……黒い髪は……私なんて……緑とか……地毛だって言ってるのに……みんな気味悪がるし……先生には怒られるし……地毛なのに……」

 飛んでるうちに、魔理沙の白黒服は私には合わないなあと思った。大きさのせいかそれ以外のせいかなんとなく合わなかった。服が私に着られたくないでいるみたいだった。早苗のパジャマの方が着心地が良さそうだった。

「はいはい、青とか黄色とか混ぜた奴を恨みなさい。ところでそのパジャマ可愛いなあ、私の地味な白黒服と交換してよ」
「だって緑って……幻想郷では目立たないと思ってたんですけど……この前……」

 言いながら早苗がぬぎぬぎ脱いだので、不思議な子だなあと思いながら着てみた。胸周りがぶっかぶかだった。胸にぺたんと手をあててみた。ぺたん。
 早苗は白黒服にもぞもぞ腕を通してた。服のほうがいろいろ小さいみたいでなんだか苦労してた。

「この前……ぬえさんが悪戯して……髪の毛の中に正体不明のタネが入り込んだんです……そしたら私……里の人にメデューサって……髪の毛が蛇で……」
「ていうか染めればいいじゃん」
「いや、幻想郷じゃそうそうできませんよ。外の世界に毒されすぎです。染めてもすぐ落ちるし」

 なんかいきなり冷静に突っ込まれたから飛んで逃げた。いきなりしゃきっとするんだもん。どんな訓練を受けてるんだ。

「でもね早苗ー、たとえば妖怪の血っていろいろと落ちにくいんだよー」
「えっ……?」

 飛んで逃げる途中にちょっぴり振り返りながら早苗に言ってやった。なんだか早苗は「きゅんっ」としてた。恋するみたいにきゅんっとしてた。いいことしたなあと思ったのでそのまま飛んで逃げ続けた。

「わかりましたー! 霊夢さんみたいな真っ紅な巫女装束を目指しますー!」

 うわぁすごいいい笑顔。いや、好きでやってくれるならいいけどね。仲間が増えるのは悪くないし。妖怪の血ってば落ちないよ。

「えー、仲間増えてもいいの?」

 ところで早苗は白黒服が胸にきついみたいで苦しそうだった。胸が大きくて今夜も眠れない。ようするに魔理沙よりも早苗の方が胸が大きいということだ。魔理沙は背も小さいけど胸も小さいわけだ。不憫な子だ。

「増やさなくていいじゃない。増やさないほうがいいじゃない」
「紫はうっさいなー、せっかく一人で飛んでるんだから付いてこないでよ」
「付いてってるんじゃなくて憑いてってるのかしら? まあ別にいいじゃない、一人で飛んでるあなたについていっても」
「目障りだし耳障りだし鼻障りだし第六感障りなのよ」
「肌や舌に障ってあげてもいいのよ?」
「間に合ってるわ」
「嘘ばっかり」

 ああもううるさいなあ、障ってこないで触ってこないで。
 なんて思ってたら紫はいなくなってた。あいつってのはいて欲しくない時にしかいない。
 飛んで飛んで飛んで、気がついてみると紅魔館の門の前。なんでこんなところに来たんだろ。湖を越えてきたせいか寒い寒い。まっさらパジャマが湖を挟んで湿っちゃって寒いったらない。

「寒いの? お気の毒に」

 咲夜ってば冷たい。湖の霧なんかより冷たいんじゃないか。でもメイド服は暖かそうだ。一見寒そうだけど、見た目以上に暖かそうだ。

「ちょっとならメイドやってあげるから、あんたのそのメイド服貸してよ」
「なに言ってるの、駄目に決まってるじゃない」
「いいじゃん、けち」
「ていうか巫女服はどうしたのよ」

 どうしたんだっけ。
 ああそうだ、面倒で置いてきたんだった。

「なにそれ、もう紅白って呼べないじゃない」
「呼ばなくてもいいじゃない。それにそのうち早苗の巫女服が紅白になってるかもよ。それよりせめて寒いから館に入れてよ」
「はあ、まあ、私はどうでもいいけど。あ、なんかお嬢様が言ってる。その服、私が紅く染めてもいいんなら、館に入ってもいいよって」
「それってつまりどういうこと?」
「お嬢様はね、血を吸うのがあまり上手じゃないんで、ぽたぽた零しちゃうの」
「ええ、うーん、それはちょっと嫌だなあ」
「わがままね」
「咲夜は吸わせたりするの?」
「私が吸わせてたら、お嬢様が零した血を拭き取る者がいないでしょう」

 そんなことを話してたら、館の中から音がした。どーん、とすごい音がした。咲夜がおもいっきり溜息をついた。

「ああもう、妹様が暴れだしたみたい。悪いけどあんたの相手をしてる暇は無い」
「メイド長って忙しいのね」
「時間がいくらあっても足りないわ」

 それで咲夜はいなくなった。館の中に帰ったんだと思う。門は開いていない。けち、けち、けち、って三回言って、神社に帰ることにした。
 ふわふわ飛んだ。風に流されるみたいに飛んだ。誰かが前にいた。アリスだった。神社のほうに向かって飛んでたんで、声が届くくらいに寄ってみた。アリスも私に気づいたみたいで、振り向いた。

「あ、連帯保証人」
「やらないわよそんなの」
「やらないの?」
「ん……うーん、そういえばやるって言っちゃったかも」
「じゃあ、やればいいじゃない」
「でも、魔理沙に逃げられたりしたら怖くない?」
「うーん、逃げたりしないと思うけど。霊夢は、魔理沙が逃げると思うの?」
「でも、魔理沙に逃げられたりしたら怖くない?」

 私が速度を上げる前に、アリスが速度を落としたみたいだった。アリスと私は横に並んだ。アリスが私を見て、不思議そうな顔をした。

「なにその服。パジャマ? なんでそんなの着てるの?」
「魔理沙のととっかえて、早苗のととっかえて、気がついたらこうなってたの」
「よくわかんないけど、なんで巫女服着ないの?」
「なんとなく」
「なにそれ。巫女服がそんなに嫌なの?」
「嫌じゃないけど、たまに脱ぎたくならない?」
「変態?」
「じゃない。たまに、他の人の服を着てみたくなるって言うか」
「あー、それ、ちょっとわかるかも。自分こういう服も似合うかもって着るまでは思ってるんだけどね」
「そうそう」
「意外と着てみると合わないんだ」
「そうそうそうそう」

 そんなこんなで神社が見えてくる。アリスと二人して地面に降り立つ。それでやっと、疑問に思った。

「そういえばアリスはどうしてここに来たの?」
「んー、だって魔理沙ここにいるでしょ? 貸すんならさっさと貸しちゃおうかなと思って」
「貸しちゃいたいの?」
「うん」
「素直ね」
「霊夢が連帯保証人になってくれると、文句ないんだけど」
「保証人いなくても貸す気なんじゃない」
「どちらかというと魔理沙が欲しがってるのよ、霊夢を保証人に」
「意味わかんない」
「わかりやすいと思うけどなあ」

 部屋の中に入ってみると、魔理沙は見事に布団を蹴っ飛ばしていた。ひどい寝相。風邪引くんじゃないかなこれは。
 引いちゃえばいいのに。

「ああ、しょうがない奴」

 アリスは言いながら、するすると服を脱ぎ始めた。下着だけになると、脱いだ服を魔理沙に被せるみたいにした。うぅん、と唸る魔理沙を押さえつけて布団を被せた。自分の身体にも、脱いだ服を、着るんじゃなくて、まとわりつかせた。それで魔理沙と同じ布団に入った。

「入って来てもいいわよ」
「入らないわよ。お幸せに」
「なんでそんな反抗するかなあ。いいじゃない、少しくらい」
「借金するのと連帯保証人になるのだけは駄目って言い聞かされてきたのよ」
「誰に?」

 ……誰だっけ。
 親かもしれないしそうじゃないかもしれない。なんとなく、いつのまにかそう思ってた。ていうか、普通の人間ならそういうもんじゃないかなあ。

「そもそもあなたって普通の人間だったのかしら」
「普通の人間に見える?」
「うーん、言われるとそう見えてきた。魔理沙と同じか、魔理沙より普通かも」
「そうそう、普通よ。だから、ああ、忘れてたけど寒いわ」
「入って来ていいのよ」
「巫女服があるから大丈夫」

 私は巫女服を引っ張り出して身にまとった。やれやれ、とアリスが言った。紅白の巫女服は不思議と、着てるだけで布団がいらないくらいに暖かい。

「しかし難儀ね。普通はそこまでこだわらないんじゃない?」
「じゃああれよ、私が巫女だから」
「そういうものなの?」
「そういうものらしいよ」
「強情ね」
「強情よ」
「寒くなったら、いつでも来ていいわ」

 アリスが魔理沙の肩を抱く。少しして、寝息が二人分になった。
 私はどこで寝ようかなと思ってみたけど、そもそもここの他に行く場所が無いから、座布団を持ってきて、枕にして、眠ることにした。二人の安らかな寝息が、やけにうるさかった。
 
 
 
 



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