最近、八雲紫(妖怪。博麗霊夢(人間)と交際中)に浮気疑惑が持ち上がっている。
 定期的に外の世界へと赴いたり、その際にまるでデートにでも行くような、妙に若ぶった可愛らしい格好をしているなど、以前から不自然な行動が報告されていた彼女であるが、その奥にはどうやら、外の世界での現地妻の存在があったようだ。このたび、我々の結界や時空を越えながらの尾行調査により、その正体が判明した。
 お相手は、外の世界(どうやら数千年ほど未来であるらしい)の住人である、R・U氏(人間)。八雲紫は「メリー」と名を偽り、若い婦女子の人間としてその世界で暮らしていたようである。また、向こうとこちらでは少々時間の流れが異なるようで、向こうで彼女が一週間すごした後、幻想郷に帰ってきても数時間ほどしか経過していなかった。
 今回我々がその一週間、彼女を尾行し続けた結果、実に一五〇時間をR・U氏と共に過ごしていたという驚くべき事実が観測された。週に三〇〇〇時間を共に過ごす紅魔の主従ほどではないにしろ、八雲氏が博麗氏と共にいるのは、せいぜい一週間のうち七〇時間ほどである。まったく比較にならないほどの熱愛ぶりと言えるだろう。この事態を受けて、本妻(むしろこちらが愛人?)の博麗氏がどのような行動に出るか、八雲氏がどのような弁明をするか、興味が尽きないところである。
 また、文々。新聞では、近々このR・U氏への独占インタビューを計画している。続報を待たれたい。(射命丸文)






「ゆるすまじ」


 ひゃっほーおもしろいことになってきたぜーなんて思ってとりあえず神社へと向かった霧雨魔理沙は文々。新聞速報を無表情で塵にした博麗霊夢を見て即座にUターンしたが回り込まれてしまった。

「落ち着け霊夢、私は無関係だ」

「そうね。ところでこれから文を締め上げて詳しいこと聞いて紫を滅ぼしにいくんだけど一緒に行かない?」

「いやだから私は無関係で善良な一般人」

「そうね。ところでこれから文を締め上げて詳しいこと聞いて紫を滅ぼしにいくんだけど一緒に行かない?」

「あ、そうだ! ちょっと急用を思い出したんだが」

「そうね。ところでこれから文を締め上げて詳しいこと聞いて紫を滅ぼしにいくんだけど一緒に行かない?」

「ご一緒させていただきます」

 『はい』以外の選択肢が存在しない問答もこの世にはある。あと大魔王からは逃げられない。
 魔理沙はそれをロールプレイングゲームから学んでいた。




  ◆  ◆  ◆




 斯くして二人が射命丸文のアジトへと赴くと、そこでは正視に堪えないほどのおぞましい光景が展開されていた。

「早く、早くあの記事を取り消しなさい! 幻想郷が滅びてしまう!」
「滅びるのはあなたです、八雲紫! というかなんであなたの二股疑惑で幻想郷が滅びるのよ!」
「私の幻想郷は……二人のスキマにある……!!」
「やかましいわ! 諦めて文々。新聞の名を知らしめるためのネタになってなさい!」
「ほ、本音が出たわね! 誰があんたのためなんかにネタになってやるもんですか!」
「もう、なってるけど」
「うああああああああああああん」

 膝を落として、ぐっしゃんぐっしゃんとその辺の新聞を千切っては投げ千切っては投げ、「こ……こんなことしてる場合じゃないわ。早く霊夢を誤魔化しに行かないと……うん、わたし負けない! ハーレムを維持するために!」などとフラグも準備万端、さあ立ち上がろうと、ぐっと膝に力を込めたところで紫と霊夢の目が合った。
 紫はその場に倒れ込んだ。熊を目の前にしたように見事に死体になって倒れ込んだ。紫がうつ伏せになって静まった場に響いたのは、眩いばかりの笑みを浮かべる霊夢の声であった。


「紫、一日ぶりね! ……ああ、えっと、あれ? あなたにとっては一週間ぶりなのかしら……?」


 魔理沙は涙していた。かつて、こんなにも哀れな生き物を見たことがあっただろうか。「返事が無い。ただの屍のようだ」と突っ込んでくれる相手すらいない、そもそもこの状態で死んだ振りをしたところで振りを現実に変えられてしまうだけの話なのに何やってるのこの人、と様々な意味で哀れみを抑えられなかった。
 紫はただうつ伏せで倒れ、のっしのっしと近づいてくる熊から、ごろんと身体を仰向けにしてくる熊から、一瞬たりとも逃げる隙を与えられないまま冷や汗だけをだらだら流して捕食の時を待っている。さようなら八雲紫、あんたのことは同じハーレムメイカーと知って親近感を抱いたぶん骨くらいは拾ってやる、少しでも残ればの話だが。


「待ってください、霊夢さん!」


 まあそれはそれとして今日はアリスとパチュリーのどっちとちゅっちゅしようかなーと魔理沙が思っていたそのとき、突風が吹いた。天狗が吹かせた風だ。その風は紫を吹き飛ばしてごろごろごろごろ床を転がして「へぶっ!」と壁に激突するまでを優しくエスコートした。

「そんな終わり方じゃ誰も幸せになりません! ここは本さげふんげふん、愛人の方も交えて一度ゆっくりと話し合うべきです! 実は尾行の帰りに幻想郷まで連れてきて、今は守矢神社で待機してもらっているんですよ!」
「えらく手際がいいわね」
「新聞記者ですから!」
「え、ちょ、ちょっと待って、私に気づかれないよう尾行しながら結界をすり抜けて時間移動までしてそのうえ人間をひとり連れて帰ってくるなんて真似ができるわけ」
「新聞記者ですから!」

 言いながら文は、妙な紐を持ち出して紫の手を縛り始めた。うげ、と紫が嫌そうな顔をするのを見る限り、普通の紐ではないのだろう。ありゃ何だろうなーという魔理沙の疑問を感じ取ってか、文は得意そうに口にする。

「ああこれはですね、簡単に言うとすごく強い紐です。神様だって縛れるくらいに強い紐ですから、嫌いな相手はだいたい誰でも縛れます。まあ実際、ほとんどの場合縛るのは好きな相手ばっかりですけどね。いやーまったく、これのおかげで趣味の合う友人が増えました。こんな非常時にも役に立ちますし、持っててよかったフェムトファイバー」
「へー、すごいな。で、お前なんでそんなもの持ってるんだ?」
「新聞記者ですから!」

 納得の回答である。




  ◆  ◆  ◆




 守矢神社へとたどり着いた四人を出迎えたのは、何か妙なやる気をみなぎらせる東風谷早苗であった。触れれば切れるような殺気を放つ霊夢と相対してもたじろぐことの無い、風を読み空気を読まない巫女である。

「霊夢さん、ほら、結局紫さんが悪いかどうか、これから白黒つけるわけじゃないですか」
「…………」
「それで、えっと……私、一度くらいこういうことやってみたくて……あ、自信はあるんですよ? 髪だって緑色ですし」
「…………」
「つまり、その……これから始まる裁判で、裁判長役をやりたいんです! 『ギルティ!』って言ってみたいんです!」
「……やりたきゃやれば」
「やったぁ!」

 いやっほーう! とガッツポーズをして社務所の中へと一同を招き入れる早苗。
 どうせ誰も生き残らない、と戦争への精神統一に余念の無い霊夢。
 裁判といえば人形裁判、よし今日はアリスにしようとマリアリ妄想を脳内で繰り広げる魔理沙。
 なんか面白そうだしネタになるぞひゃっほーう! とテンションを上げる文。
 え、あの子ギルティって言いたいだけ? ノットギルティは無いの? と嫌な予感がひしひし増大する紫。

 これに傍聴人として八坂神奈子と洩矢諏訪子、そして渦中のR・Uを加えた八人で裁判的なものが開かれることにいつの間にかなっていた。おそらく裁判長のせいだろう。
 もちろんこの裁判、弁護人は欠席である。








「えーと、被告人、八雲紫さん、ギルティ」
「ほらやっぱり! やっぱりこの子それが言いたいだけだった!」

 こうして開かれた裁判っぽいなにかであるが、東風谷早苗の役目も裁判っぽいなにかそのものも開始三十秒で終わりを告げた。
 満足感に打ち震える早苗をよそに、霊夢は真正面に座るR・U──宇佐見蓮子たる人間を見ていた。蓮子もまた、霊夢を見ていた。
 裁判長の『ギルティ』の一言。それが下ったらまず紫を××して、R・Uにもほどほどのお仕置きを加えてやろうと思っていたが──どうにも、視線を合わせていると、彼女に何かしようという気が減退していく。ぶつかり合う視線に敵対心が含まれないわけではない。しかしその中に、同じ相手に惚れ込んだということからか、何か共感めいたものが混じり込んでいるのも事実で、それは霊夢の中の、宇佐見蓮子への角ばった気持ちを、幾らか丸く、柔らかくしてくれているようだった。


 ようするに二人は視線で「紫/メリーを××してこの件は手打ちにしよう」と通じ合ったのである。


「ほらほら、紫の有罪も決まったことだし、裁判ごっこはお終いよ」
「おお、霊夢がいつの間にかまともになってる」
「私はいっつもまともだ」
「えっ」
「さあ、それじゃあ紫への罰を考えましょうか」

 問題になるのは、「××する」の内容であった。抹殺、滅殺の言葉が霊夢の脳裏を駆け巡るが、少しばかり頭が冷えた今は、いくらか躊躇いも覚える。冷静に考えると、百の苦痛を一度に与えるよりも、十の苦痛を十回に分けて与えたほうが良いようにも思えてきたのだ。いや、分割払いだと手数料が発生する。それを考慮すると百の苦痛を十回ほどが妥当かもしれない。
 あなたはどう思うか、と霊夢が蓮子に対して初めて言葉でのコミュニケーションを試みようとした時、魔理沙と文の会話が耳に入った。


「いやーしかし二股とか最低だな。二等辺三角形なんて作っちゃってさ、こういうことするとみんな不幸になるんだぜ、まったく」
「さすが魔理沙さん、経験者というかもはやベテランですからね。言葉にまったく重みが無い」
「おいおい褒めるなよ、照れるじゃないか」
「いえいえ褒めさせてください、あなたよくまあ未だご存命ですね」


 二等辺三角形。二等辺三角形である。
 二等辺三角形といえば、頂角の点から底辺へと垂線を下ろすと、ちょうど面積が二等分されるという美しい図形だ。
 蓮子が何か思いついたように、口元に手をあてる。数秒その姿勢を維持したかと思うと、霊夢に視線をやって、ちょいちょいと手招きをした。


「神奈子様、諏訪子様……私、不安です」
「どうしたの早苗? 話してごらんよケロケロ」
「そうだよ、私達でよければ何でも聞くからグログロ」
「二等辺三角形って、もしかして私達もそうなんじゃないかって……」
「グログロってあんた……」
「……なんだよ。文句あるの? ……だって蛇は鳴かないんだよ! あんたみたいにお茶目っぽい鳴き声は無いの!」
「私をてっぺんにして、神奈子様と諏訪子様が同じ距離にいて、」
「だからってグログロってあんた……」
「……とぐろ巻いてるイメージに訴えかけてみたかったんだ……」
「いつか、今回の件みたいに醜い取り合いに発展しちゃうんじゃないかって──ああ、お二人とも私のために争わないで!」
「素直にヘビヘビでいいじゃんよ」
「その発想は無かったわ」
「神奈子様、諏訪子様……私達は大丈夫ですよね!? こんな穢れた争いとは無縁ですよね!?」
「ん? ああ、そのとおりだねケロケロ」
「そうそう、早苗の言うことはすべて正しいヘビヘビ」
「ねえちょっと、良い案が浮かんだんだけどみんな聞いてー」


 霊夢の号令で、場が静まり返った。霊夢と蓮子はお互いを見やる。


「いま、この……宇佐見さん? と話し合ったんだけど、あんまり事を荒立てても仕方ないし、正直めんどくさくなっちゃったから、もう簡単に終わらせちゃおうと思うの」
「えっと、まあ、この、博麗さん? の言う通り。すごく単純なんだけど、メリーを……いや、紫さん? まあどっちでもいいけど、彼女を私達二人分に平等に分割しちゃおうってことで決着がつきました」
「なるほど、そりゃ名案だな。裁判長的にはどう思うよ、早苗」
「まあ、それが妥当なところですよね」
「え、ちょっと、なに言ってるのこの人たち……?」
「ちょっと待って待って、そんなことできるわけ無いでしょケロケロ!」
「あ、よかったまともな人がいた……」
「そうだよ、グラム単位ですら肉体を同じ量に分割するなんて難しいのにヘビヘビ……」
「ましてやまったく平等に分割するなんてケロケロ!」
「そこらへんは多少なり妥協するわよ……それでいいかしら、宇佐見さん?」
「まあ、仕方ないわよね」
「なんだ、じゃあ問題ないねヘビヘビ/ケロケロ」






 ──以上、八雲紫浮気裁判の裁判記録である。
 射命丸文は左手でこれらを書き留め、右手でひたすらカメラのシャッターを切っていた。幻想郷の裁判にカメラは必要不可欠である。


 『え、ちょっと、なに言ってるのこの人たち……? とキョロキョロする八雲被告人』
 『あ、よかったまともな人がいた……。と安堵する八雲被告人』
 『え……? あれ……? と再びキョロキョロする八雲被告人』
 『ねえ二人とも、まさかそんなこと本気でしないわよね……? と引きつった笑みの八雲被告人』
 『そこで「二人とも」なんて言うからあんたはこんなことになってるのよ……。と博麗氏及び宇佐見氏に詰め寄られる八雲被告人』
 『あああ、と絶望の声を漏らし、自らの罪の深さを知り、がっくりと項垂れる八雲被告人』


 これらの写真を貼り付けた文々。新聞の号外は、今までに無いヒットを飛ばすことになる。


 だがこの時、たとえば「ごめんなさい霊夢、ちょっと気持ちがふらついちゃったけど、私にはやっぱりあなただけよ!」などと彼女が言っていたならば──。
 博麗氏も彼女を愛していることに変わりは無いのだから。博麗の巫女という、倫理や裁判を超えた絶対的な『戦力』を得て、彼女はあの場から逃げおおせることができたのかもしれない。
 しかし、彼女はそうしなかった。それはすなわち──浮気というかたちではあれ、彼女の二人への愛は、本物だったということではないだろうか。だからこそ彼女はおとなしく、愛した二人からの罰を受けることを選んだのだ。


 などと社説に適当に書いてみた文々。新聞号外第二段は更なるヒットを飛ばすことになり、やはり民衆はゴシップと感動を求めているのだなと文は頷くのだが、それはまた別の話である。ここで語るべきことはまだまだ存在する。
 真実はいつも闇の奥。この裁判には隠された続きがあったのだ。


「で、どうやって分けるの?」
「ああ、やっと気づいてくれたのね霊夢。そう、生きものを二つに分けるなんて、そんなことできるわけないわ……」
「いや、そうじゃなくて」


 霊夢の右手が手刀の形を取り、紫の頭上から股間まで、正中線に沿ってすぅと下ろされる。かと思いきや、今度は紫の腹の辺りを右から左へと横断した。
「縦に切るか、横に切るか」
「たすけて、たすけてー!!」
「霊夢さん、何言ってるんですか」
「ああ、さなえ、たすけて」
「奥行き方向を忘れちゃいけませんよ。ふとすると忘れそうになりますが、この世は三次元です」
「うっかりしてたわ」
「だれか、だれかー!!」


 どのように分けるか。
 しかしこれが、意外と難題であった。詳しい議論については、八坂神奈子ならずともグログロ言ってしまいそうなので割愛するが、つまるところ、身体的に平等にならないのである。奥行き方向は言わずもがな、縦方向は一見平等に思えるが、二人ともが左半身を熱望したため話が行き詰った。
 横方向に関しては、二人ともじっくり悩んでいたようだった。これは不平等なように見えるが、上半身下半身という分け方は二人にとっては一長一短であったらしい。霊夢と蓮子が紫の上半身から下半身を舐めるように見てごくりと喉を鳴らした、その時の彼女らの内心に関してもここで記述することは無い。ただその事実のみを記すものである。


 しかし結局、両者とも妙に保守的な面を見せ、「やっぱ、分けるとか、無いよね」という霊夢の一言と、それに蓮子が頷いたことにより、この件はお流れとなった。




  ◆  ◆  ◆




「うう、どうしてこんなことに……」
 守矢神社の鳥居に縛り付けられながら、紫はひとり呟いた。地面に座りながら柱に身体をくくりつけられている格好のため、夜が近づくにつれ、じわじわと冷気が身体を伝ってくる。
 神社の中では、号外を配りに行っているらしい天狗を除き、話し合いに疲れた皆が夕食を取っている。分割案は避けられたものの、やはり何かしらの罰を与えなくては気が済まないらしい。この夕食抜きが十分に罰になっているじゃない、なんてことは思っても言わない。いまや自分は、ただの浮気野郎なのだ。自分の前でだけ弱さを見せてくれていた霊夢も、いつも自分を引っ張ってくれた蓮子も、ここにはいない。ここにいるのは、浮気野郎を断罪する怒りの使者のみだ。


 二人とも、好き。同じくらいに、最大限に、他のすべてがどうでもいいくらいに。自分の二面を、それぞれに愛してくれる相手。
 紫が、八雲紫として、幻想郷の守護者として生きる過程で押し込めてきた部分。そこから生まれたのが、マエリベリー・ハーンという人格だ。それを認識してからというもの、八雲紫は、『二人』ができるだけ混ざり合わないようにしている。
 だから、どちらともが自分で。どちらともが、自分じゃない。
「だから、二人ともが、好き」


 ──なんて言っても、駄目よね。
 自嘲する紫に、しかし、応える声があった。「そうでもないぜ」と魔理沙は、透明な液体が入った小瓶を片手にずかずか歩いてくる。
「……何か用? 魔理沙」
「いや、いい加減私も飽きたんでな、手っ取り早い解決策を授けてやる」
 とん、と魔理沙は、持っていた小瓶を紫の傍らに置いた。
「惚れ薬だ」
「……惚れ薬?」
「そう。飲んでから最初に見た相手の虜になる。浮気の一つや二つ、すぐに忘れるくらいにな。作戦としては、紫が話をしたがってるとでも言って、私が霊夢をここに呼び出す。美味い酒だと言って霊夢にこいつを薦め、私は退散する。あとはお前が何か適当な話をしているうちに、霊夢はそれを飲んで、お前に惚れ直す。それをあの、蓮子とかいうやつにも繰り返す……とまあ、こんなところだ。薬の効果は丸一日。その間になんとか関係を修復してしまえばいい。何か質問は?」
「……なんで惚れ薬なんて常備してるの?」
「紳士の嗜みだな」
 せめて淑女と言ってほしかった──思いつつ、魔理沙の作戦を吟味する。言うは易いがと思える場所も幾つかある。しかし、そもそもこの状況からして無理を通さず抜けられるものではない。


「……よし、その作戦」
「ちなみに、成功率は一パーセント未満だ」
「乗ったわ……え、たしかに簡単じゃないけど、そこまで低いかしら? もしかして惚れ薬の効きが悪いの?」
「いや、この薬に関して言えば百パーセントだ。信頼の実績だぜ」
「実績……いやなんでもないわ。とにかく乗った。そこまで成功率が低いとも思えないし」
「そうか、なら私が言うことは何も無いな……霊夢を呼んでくる、ちょっと待ってろ」


 しばしの後、魔理沙に引きずられるようにして霊夢が出てきた。不機嫌そうな霊夢に、「まあ、肴は不味いかもしれないが、この美味い酒をやるから、ちょっとくらい話を聞いてやれよ」などとなだめ、自身は神社の中に戻ってゆく。
 嘆息を一つ挟み、霊夢が紫の元へやってくる。
「で、話って何?」
 霊夢が、持ってきていたコップに小瓶の中身を注ぐ。いけ、いけ、いけ、と紫は心中で呟いていた。
 そして、一口──。


「あ、いたいた! もう、二人だけで何か話してるなんてずるいじゃない!」
 蓮子の声に、霊夢の動きがぴたりと止まる。コップの中身にまだ口はついていない。霊夢はばつが悪そうに、蓮子を振り返った。
「ごめん、魔理沙がぐいぐい引っ張ってくるもんだから」
「まったく……」
 蓮子は唇を尖らせながら歩いてきて、霊夢の隣で止まる。紫の思考も止まっていた。何か非常に嫌な予感に、心を浸食されていた。もはや何かの必然のように、霊夢の手にある小瓶に蓮子が目を留める。
「ん? 何それ、見ないお酒ね」
「そうね。中身はよくわからないけど、とりあえず魔理沙は美味しいって言ってたわ」
「ふーん。私にも一杯くれる?」
「あいよ」
 蓮子はきっちり、自分のコップを持ってきていた。コップに並々と注がれた惚れ薬。正対した二人は、当たり前のように、
「かんぱーい」


 ──霧雨魔理沙調べによると、何かしらの目的によって『惚れ薬』というアイテムが存在させられた場合、それがあらかじめ定められた目的の通りに働いてくれる可能性は、高く見積もっても一パーセントがせいぜいである。




  ◆  ◆  ◆




 その三日後、博麗神社。
 神社にウェディングドレスという和洋折衷っぷりを見せつけながら、祝いの声に囲まれる二人の姿があった。
「Congratulation!」
「おめでとう……!」
「おめでとう……!」
「コングラッチュレーション!」
「おめでとう……!」
「結婚おめでとう……!」


 皆に囲まれる霊夢と蓮子。魔理沙はその外枠に陣取り、隣で地面に膝をつく紫を見下ろしていた。
「あっ、うっ、ううううぅぅう……れいむぅ、れんこぉ……」
 二人の左手の薬指に暖かいエンゲージリングがはめられた。
 外界と二人を断ち切る契約の印だ。
「魔理沙……私、どうして……二股なんて……しちゃったのかな?」
 とめどなく大粒の涙がこぼれ落ち、震える紫の掌を濡らした。
「その答えを見つけるのは、お前自身だ」
 紫は声をあげて泣いた。
 
 
 
 
 
 






















「まあ、あの薬の効果は一日限りなわけだが」
 頭の後ろで手を組んで、魔理沙は、霊夢と蓮子を見やる。どうやらちょうど、ブーケトスが行われようとしていた。
 紫からしたら今の二人を直視するなんてできやしないのだろうが、それにしたって、二人の笑みが幸せに満たされた新婦(新郎?)のものではなく、悪戯に成功した子供みたいなものだということくらい、気づいてもいいだろうに。

 ──まあ、私の思い込みって可能性も否定できないしな。

 泣き崩れた紫を見て、二人ともが、仕方ないなぁと嘆息したように見えたのも、魔理沙の思い込みでしかないのかもしれない。自分が見ているものを紫に伝えないのは、ぬか喜びさせないための親切心だ。傷心の紫に、さすがに親切な魔理沙さんなのだ。
 二人はお互いを見て、紫の方を見て、息を合わせて、ブーケを投げた。ふわふわと宙を漂うそれは、やはりと言うべきか、こちらに向かってきているように魔理沙には思えた。

 この結婚式が、八雲紫をきっかけにして出会い、薬をきっかけにして本気で好き合った二人のハッピーエンドなのか。
 あるいは、こちらを向いているように見える二人の笑みは、紫の涙を罰(ゲーム)としてひとまず赦し赦された、三人の途中経過なのか。

 ブーケそのものの意味を考えると、前者なのかもしれないけれど。
 あの子供のような、もう赦してやるからさっさと顔を上げろバカ、とでも言いそうな二人の笑顔を見ていると、やはり──。

 まあ考えるのは面倒だなと、魔理沙は首を振る。この先は、三人でなんとかする領域だ。
 そうしてまた空を見ると、ブーケは不自然なまでに、魔理沙の隣、紫に向かって一直線に飛んできていた。
 さめざめ泣いている紫は気づかない。このままでは頭に直撃コース。こいつはいかんと魔理沙は親切心を発揮。
 ブーケに反応したのか、紫は顔を上げる。けれど親切心は止まらない。ブーケを見て、おそらくは霊夢と蓮子を見て、しばし呆然としたのち喜色に頬を染めた紫の目の前で、魔理沙はそのブーケをはっしと掴んでやった。
 
 
 



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