「ん〜……く、あぁぁぁぁ……」
 今日は鬼や天狗がいなくて物足りないな、と独り勝手に大量の酒を胃に流し込んでいた霧雨魔理沙の、それが断末魔の叫びだった。
 ばたぁんと、ばんざいの格好で床に倒れ込み、「あー。星が見えるな。星が……」などと屋内に妙な光を見ている魔理沙に、溜息をつき、手にしていたコップを置いて立ち上がったのは、アリス・マーガトロイド。じとりとした目つきで彼女は魔理沙を睨み、魔理沙はそれがどう見えているのか、にへら、と笑顔を返す。
 博麗霊夢はそんな二人を見て、日本酒をちびちびとやりながら、くすと小さく笑った。


 冬が来たやら秋が終わったやら初雪が降ったやらなんとやら、とかくさしたる理由も無くなんとなしに集まってなんとなしに呑む。
 うちを溜まり場にするんじゃない、と博麗霊夢が何度言ったところで誰も聞かず、霊夢自身そこまで本気になって言わないものだから、結局のところ博麗神社には、いつしか皆の溜まり場という属性がついて。それは今も続いている。
 魔法使いや鬼がどこからか客と酒と食べ物を集めて、勝手知ったる社務所兼住居の台所を好きに使い、ぐだぐだと集まって呑む。そんな宴会が、今日も今日とて続いている。
 霊夢が何も言わないのは、労せずして酒と食い物が手に入ると言うこともあるけれど。
 それ以上に、おそらく、皆で集まって呑むということが嫌いではないからだ。


 今夜の集まりは、人間が三人と魔法使いが一人。人間の内訳は、巫女と、巫女と、魔法使い。
 冬になりかけのこの時期の夜ともなると、人間及び人間に近い魔法使いの小規模な集まりでは、わざわざ外に出たりはしない。さして広くもない博麗神社社務所兼住居の中、こじんまりと卓を囲んで鍋をつつく、それだけの集まり。
 陽が沈む頃に初めて、もうそろそろ日付が変わる頃合い。何を話していたかなんて思い返そうとしてみても、霊夢には殆ど出来なかった。
 記憶に残っていることは、それなりに呑んでそれなりに酔っ払った自分以外の巫女が、自身が仕える神様について、独断が過ぎるだの自分を子供扱いするだのその他諸々と愚痴を漏らしていたことくらいだ──後々彼女を弄る種にしてやろうと、いくらか意識して脳に刻んでいる。
 酒の上の話をきっちり脳に刻まれている本人、東風谷早苗は、話しながら魔理沙と同等かそれ以上に呑んでいたのもあって、既に畳に寝転がって放置されて久しい。


「ああ、もう、こんなぐっちゃぐちゃになるまで呑んで。言っとくけど、」
「あー、うーん、わーかってるって。いちいち言わなくても、ちゃんとお前に送ってもらう予定だからー」
「そうじゃなくて……泊まっていきなさいよ。私は送ってく気とか、無いから」
「それは困るなぁー。当てにしてたんだぜー」
「当てにするな」
「そうそう、当てにしてもらっちゃ困るわよ」

 霊夢が口を挟んでやると、うげ、とアリスは顔を歪める。だから霊夢は、思い切りわざとらしく笑ってやって、

「私がこんな奴を泊めてやるなんて、そんなの勝手に決めてもらっちゃ困るわね。断固として退去を要求するわ」
「こんな奴、って酷いぜー」
「独りで帰ってもらってもいいんだけど、もう寒くなってきたし、こんなのでもいちおう人間だから、途中で倒れたら死んじゃうかもね。化けて出るならアリスのところだろうから別にいいけど」
「安心しろー、寂しくないようにちゃんと霊夢のところにも出てやるー」
「そういうわけで、持ってけ」
「持ってけー」
「……はぁ」


 アリスは諦めたようで、魔理沙の両脇に手を入れて引きずり起こし、そのまま右の肩を貸してやる。
 肩を組むかたちで横に並んで立った二人だが、魔理沙はどうやら自分で立つ気はあまり無い。アリスに身を任せてしなだれかかるみたいにするものだから、組まれた肩と重力諸々が働いた結果、魔理沙の体はくるりと回るようにして、アリスに抱きつく格好で納まった。
「まったく、もう。服に涎とかつけないでよね」
「うぅ、ん……」
 魔理沙は顔をアリスの胸元に押し付けるようにしているから、くぐもった声しか返ってこない。もとよりアリスもまともな返答は期待していないようで、そのまま殆ど抱き合うようにして魔理沙の身体を引きずり始めた。
 障子を開けてやろうかと霊夢が立ち上がりかけるが、アリスの人形が既にそれを為していた。入り込んでくる冷たい空気に、ぶるりと身体が震える。空気の温度の変化に視界が一瞬だけぼやけ、また鮮明になった。
「アリスあったかい」
「うるさい。抱きつくな」
「いいからさっさと出なさい。そして早く閉めろ」
 霊夢が言ったからでもないだろうが、アリスは足を速める。見れば魔理沙はもうだいぶ腕の力を抜いているようで、けれど二人の体勢は先ほどまでと変わらないから、つまりアリスが魔理沙をしっかりと抱きかかえていた。


「おぉーい、箒を忘れないでくれー」
「はいはい、ちゃんと人形に持たせてるわ。ついでに帽子も」
「さーんきゅー」
「それじゃ霊夢、それに早苗、お先に失礼するわ」
「お先ー」
「はいはいお疲れ」
 ぴしゃりと戸が閉められる。早くおぶさりなさいとアリスの命令、素直に従う魔理沙の声、地面を蹴る音、遠ざかる気配を感じ、霊夢は、ふうと息をついた。
 胸の内にある感覚は寂しさというやつにすごく似ていて、だけどこれでいいのだと、諦めにも似た納得を併せ持っている。
 少しだけ中身が残っていた杯を傾ける。酒というのを嗜み始めてから、それなりの年月を経てもいる。
 だから、こういうことは。
 酒を呑んで忘れるべきことじゃあないけれど、酒を呑んで懐かしむくらいはしてもいいのだと、知っていた。
 暖かな感触を喉に通し、やけに遠く感じる過去の一場面を思い返しながら、霊夢はまた、息をついた。


「……なんだか寂しそうですねえ、霊夢さん」
「……早苗、起きてたの?」
「ばっちり起きてました、ええ」
「いま見たものは忘れなさい」
「残念ですが、私はお酒を呑んだ時の方が記憶がはっきりする体質なんです。霊夢さんったら、柄にも無く気を遣って二人に遠慮なんかしちゃって……」
「……諏訪子様ったら見た目は殆ど小学生の女の子じゃないですか。だからといって本当に小学生の女の子みたいに好き勝手して」
「やめて、やめて。忘れてください」


 弱々しく頭を下げる早苗に、あははと霊夢は笑って。
 ──本当なら。
 ちょっとした弱みとして頭の隅に残しておいたそれを冗談交じりに口にして、自分は忘れたからあんたも忘れろと、そうやって言えばそれで済んだのだろうけれど。
 どうして酒を呑んだ時に人は愚痴を漏らしてしまうのだろうと、霊夢は考えた。もそもそと起き上がって何かつまみを探している早苗も、酒を呑んだ時は随分と口が軽くなる。それが酒の魔力というやつなのだろうか、それとも。


 自分の隣には誰かがいるのだろうかと、そんな思いが去来する。
 昔ならこんな時、とある魔法使いのことを思い浮かべたのだろうけれど。
 今は、魔法使いの隣には魔法使いがいるのだから。少なくとも自分の隣には、魔法使いはもういない。
 だから霊夢の頭を占めるイメージは、妖怪で、生きてきた時間も自分とは桁違いで、何を考えているのか分からない、けれどいちおう幻想郷の重要人物として近い場所にいる、あいつの胡散臭い笑みか。
 もしくは、わりと人間で、年も近くて、考えていることを酒の魔力で簡単に口に出してしまう、幻想郷というより自分の神様寄りだけども巫女という立場それだけは似ている、こいつの真面目な顔か。


「ん? 霊夢さんどうかしました?」
「……いや、」
 ともあれ二人が、二人だけが浮かんでくるのは確かで。目の前にいるこいつは、いま二人きりになっているこいつは、その一人であることも確かだったから。
 それが、酒の魔力に負けて話してしまう理由への、霊夢の理論武装になった。早苗も何か感じたのか、箸を置いて、聴く体勢を作ってくれている。
「……昔は、さ」
「はい」
「私が、あれやってたのよね」
「あれって言うと……あ、もしかして」
「うん、魔理沙の介抱役」


 それは、ついさっきまで思い浮かべていた情景。記憶の底からさらってきた、自分達の過去の姿だ。
「あいつってさ、私が自分で言うのもなんだけど、なんだか私の後を追っかけてきてたみたいなのよね」
 魔理沙と出会った時の記憶は、霊夢には残っていない。どうやら魔理沙はしっかりと憶えているようで、その時には既に自分は巫女だったらしいと、その時にはまだ魔理沙は魔法使いではなかったらしいと、霊夢はそれだけを聞いていた。
 つまるところ、当時の霧雨魔理沙は、博麗霊夢にとって、わざわざ興味を抱くような相手ではなかったのだ。
 魔理沙とその話をした時のことは、よく憶えている。博麗霊夢の視界に入っていなかったと知って、魔理沙は、まあそうだよなと言いながら少しばかり寂しそうな顔をして、だけど一瞬でそんな仮面は脱ぎ捨てて。
「でも、今はちゃんと見えてるだろ?」
 ──と不敵に、嬉しそうに笑ったのだ。


「あいつって、昔はぜんぜんお酒なんて呑めなかったのよ」
「え、あの魔理沙さんがですか?」
「あの魔理沙さんが、よ。今日は日本酒何合呑んでったか知らないけど、昔ならお猪口一杯でふらふら、二杯でばったりだったわ」
「へえ、なんだか意外な……」
「あんただって、そういう意味じゃ似たようなものじゃないの?」
「いえ、私はあんまりお酒の強さは成長しないんですよね。体質かなあ……」


 そもそも魔理沙が初めて酒を呑んだのも、おそらくは霊夢の前のはずだった。
 体質からか多く呑んでもあまり酔うこともない霊夢は、魔理沙の師である悪霊や飼っている亀やらと、少しばかり酒を酌み交わすことがあった。魔理沙が初めて酒を呑む姿、それを霊夢が目にしたのも、そのような場だ。
 その日、魔理沙は悪霊と共にやって来て、最初は何も呑まずに、ただ食べ物に手を伸ばしていたけれど。霊夢が水か何かのように杯を空けていくのを呆然と眺めていたかと思うと、いきなり自分も呑むと主張したのだ。呑んだことなんてたくさんある、自分はいくら呑んでも酔わないんだと、力一杯に武勇伝を語る魔理沙と、それをけらけら笑っていた悪霊の姿を、霊夢は未だに頭の隅に留め置いて忘れられずにいる。
 その後、魔理沙はお猪口一杯で足取りが怪しくなり、無理するなと止めようとした霊夢を振り払ってもう一杯、そしてばたりと倒れ伏したのである。
 あれが魔理沙の初めての酒であったのだと、霊夢は疑っていない。


「最初の頃は呑んで倒れて呑んで倒れてだったから、それこそ宴会のたびに神社に泊まってったのよ。魅魔の奴はそのへん意外と薄情だったし……」
「薄情と言うより……霊夢さんに、任せようと思ったのでは? その方が良いと思って」
「……あんた口を開くの禁止」
「えぇ……?」
 水を汲んできて飲ませてやったり、厠まで肩を貸してやったり、倒れてしまった時は戻した場合に喉に詰まらせないよう体勢を整えてやったり、いざやってしまった時の処理もしてやったり、布団を敷いて寝かしつけてやったり──だらしない魔法使いの世話のすべては霊夢のもので、そんな面倒な仕事を、そこまで嫌がっていない自分もいた。
 魔理沙も魔理沙で、明らかにライバル視して追いかけている相手に、何故かそういう時だけはめいっぱいに甘えて、寄りかかって、だけどある意味魔理沙らしいと言うのだろうか、あまりそれに関して負い目のようなものは感じていないみたいだった。
「そりゃそうですよ」
「……どういう意味?」
「だって霊夢さんって、本当に嫌だったり迷惑だったりすることははっきり言って、本気で拒絶するじゃないですか。なんだかんだで魔理沙さんの世話をしていたあたり、頼りにされるのも内心そんなに悪くは思ってないってことです。たぶん魔理沙さんもそれを分かって」
「よし早苗、あんた本当に口を開くの禁止」
「えぇぇ……むぐっ」


 ──それが。
 魔理沙はいつの間にかだんだんと酒に強くなって、酒を呑んで前後不覚に陥ることも減って。
 それだけならきっと、そこまで思うことは無かったのだろう。だけど魔理沙は、いつからだろうか、神社に泊まらなくなった。近所に住むアリスの手を借りて、ちゃんと家に帰るようになったのだ。
 神社に泊まることで迷惑をかけるだとか、そういうことを気にする奴じゃあない。そもそも迷惑をかけるというなら、アリスに対してきっちり迷惑をかけている。
 だから、魔理沙の中で何が変わったのだろうと、考えてみると。
 単純に。甘える、寄りかかる相手が、変わったというだけなのだろう。


「寂しいって言うと、まあ、そうなのかもしれないけどね。もうちょっと違うような……うん、なんだかね、私を追っかけて隣に立とうとしてた奴がさ、途中に分かれ道があって、そこで別の方向に行っちゃって、いつの間にかいなくなってて、ふと気づくと、別の奴と違う道を歩いてて、もうどことも分からない遠くへ行っちゃってたっていうような……」
「んむっむ、んむむむむむむむんむーっむむんむむんむむむむ」
「あーもううるさいなあ。せっかく口に御札したのに喋られちゃ意味ないわね……ほら、いま取ってあげるから」
「……ぷはっ。まったく酷いことをしますね……」
「教えてあげるわ、早苗。巫女に躊躇は要らない」


 早苗は涙目で何度か息を吸って吐き、規則正しい呼吸を取り戻した。少しばかり恨みがましそうな目で霊夢を見ながら、
「それって、幼馴染の関係って感じがしますよね」
「幼馴染。ああ、うん、幼馴染だけど」
「私にも、学校で……こっちで言うと、寺子屋ですか。向こうだと、いくつか寺子屋に種類があるんですよ」
「種類?」
「そうです。ちっちゃいの、中くらいの、その上……という感じに、段階があって。年を取ると上の学校に行くようになるんですけど、そうしたら、それまでの友達となかなか会えなくなるってこともあるんです」
「ふうん……でも、まったく会わないってわけじゃないんだ」
「ええ、ちょこちょこ会ったりはしますよ。でもやっぱり、違う学校……違う場所に行っちゃってるから、昔とは少し違うんですよ。その友達が、自分の知らない場所で、知らないうちに成長しちゃってるっていう感じですか。……いつの間にか彼氏作ってたり……」
「分かるような分からないような……彼氏って、男の人よね? 早苗、そんな相手いたの?」
「というか、霊夢さんと魔理沙さんもそんな感じでしょうって言ってるんですけど。ちなみに彼氏は作りませんでした」
「ふーん……」
「……いや、いなかったんじゃなく作らなかったんですよ? ……なんですかその笑いは。幼馴染に先越されたってならあなたも同じでしょうに」
「なにおう」
「やるかっ」


 威勢の良い掛け合いで、だけどここはまだ酒の席。だから出るのは手でも弾幕でもなく、酒でしかない。
 互いにコップと日本酒の瓶を引っつかんで相手にたっぷり注いでやると、「乾杯!」とがっつり杯をかち合わせる。乾杯とは、杯を乾かすと書く。二人は一息に杯を乾かすと、互いに一瞥し合ってにやりと笑い、そしてまた相手のコップにどばどば日本酒を注ぐのだった。
「でも、先を越されたからって焦ることは無いんですよ。自分のペースでやっていけばいいんです」
「そういうものかしらね」
「そういうものですよ。私の幼馴染は彼氏との関係について相談したりとかしてましたけど、私だってずっと向こうにいたら、幼馴染に彼氏の愚痴を言ったりしてたのかもしれませんし。乾杯」
「……んぐっ。しかし、あんたが男の人と、ねぇ」
「例えですよ、例え」
「でもなんだか不思議ね。彼氏って、つまり夫婦一歩手前でしょ? 話聞いてたら、その彼氏なんかよりも、幼馴染の方が仲良さそうだわ。乾杯」
「むぐっ、むぐっ……ん、ぷはぁ。まあ外の世界だともっと軽い気持ちで付き合ってる人が殆どですけど、それはともかく。幼馴染ってのは、そういうものなんですよ。不思議な距離なんです」
「そういうもの、かぁ」
「そうですよ。幼馴染はもうそれ以上近づきませんけど、切ろうとしてもなかなか切れない関係ってやつです。だから幼馴染は置いといて、自分もさっさと彼氏作っちゃえばいいんですよ……乾杯」


 傍から見ると何故か自棄酒に近い様相を呈していたそれは、早苗が倒れて降参するまで続いた。
「あうあうあうきもちわるい……」
「はいはい横になって。ああ仰向けは駄目よ、こう、身体を横にして……」
 水を飲ませて横にして毛布をかけて寝かしつけて、早苗の息が穏やかで規則正しいものになったのを確認すると、霊夢は、大きく一つ伸びをした。魔理沙とアリスを見送った時に胸に生じた何かは、気づくと溶けて消えていた。聴いてもらって幾つか答えも貰った、それが効果を発揮してくれたのかもしれない。


 魔理沙とは、幼馴染なのだろうと思う。
 だからもうこれ以上離れることは無くて、これ以上に近づくことも無い。魔理沙がこれ以上近づくとしたら、それはきっとアリスだ。霊夢が見る限り、アリスもそれほど悪くは思っていない。だってアリスの魔理沙への態度は、かつての自分にそっくりだ。
 魔理沙はそういう相手を見つけて、アリスの側も受け入れつつある。魔理沙は先に、そういう相手を見つけてしまった。幼馴染に先を越されたと早苗は言ったけれど、それはきっと的を射た表現だ。

「幼馴染は置いといて、自分もさっさと……ねえ」

 呟いてみて、目の前で寝息をたてる早苗と、もう一人を思い浮かべる。
 相手に何を求めているかだとか、どんなふうに接して欲しいだとか、どんな関係になりたいだとか。自分の中の理想をなかなかイメージにできない。こうしているように、甘えられ、世話をするのも悪くないと思えば、やはり対等な位置に誰かが欲しいとも思う。あるいは、誰かに思いっきり甘えてみるのも──と思わないことはないのだ。
 自分が分からないと霊夢は首を捻り、そして、ふと思いつく。早苗の幼馴染は、彼氏とやらとの関係について、相談などしていたのだという。


 ──誰よりも長い付き合いの相手、か。


 どんなふうに話すのかも、何を話すのかも、正直なところ、曖昧なままだけど。
 きっと誰よりも博麗霊夢を知ってる相手に、あいつに何か話してみようと、そう思ったその時。
 いつからか霧がかかって、遠くに行ってしまったということしか分からなかった魔理沙との距離を──はっきりと、見ることができたような気がした。


 遠くに行ってしまって、隣にはもういないけれど。でもいつだって、声の届く場所にはいるのだから。
 そういう距離で話をしてみるのも悪くないんじゃないかと、どこか楽しみにしている自分がいる。
 もう随分と前に、自分達がそういう関係になってからというもの、昔を懐かしむばかりで、今の自分達に目を向けようとはしてこなかったけれど。
 現在の自分達をちゃんと認めて、納得して、そうして向かい合った時には、また別の関係があるのだろうと──霊夢は、そう思えたのだ。


「まあ、惚気話はお断りだけど」


 近いうち、二人きりの酒に誘ってみよう。
 そこにはアリスがいないから、帰れないくらいに呑ませるのはよくないのかもしれない。いや、でもたまにはそういうこともあるだろうし、そうやって、時々は弱いところを見せるのも含めた幼馴染という関係も、きっと間違いじゃあないだろう。
 自分達のこれからを、霊夢は夢想する。アリスとのことを魔理沙は話して、散々愚痴って、酒をあおって、それを自分は聴いていたかと思うと、同じように誰かとの関係の愚痴を、魔理沙に聴かせてやったりするのだ。それはもしかしたら魔理沙にとってのアリスや、自分にとっての誰かよりも、ある意味で気を許し合っている関係──。


 ──ああ、悪くないな。
 口元に浮かぶ小さな笑みを、霊夢は隠そうとしなかった。



 <了>



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