こう見えて霧雨魔理沙は、程々に長いこと博麗霊夢の友人をやっているつもりだ。
 なので、霊夢がおもむろに「最近の魔理沙って、なんか聴いててムワムワするのよ」なんて言ってきても驚かない。
 こいつはわりと頻繁に、わけのわからない思考を始める。そうなったときは、どうせこいつの頭の中なんてさっぱりわからないのだから、ただ聞くだけのサンドバッグになるのが正しい対応というものなのだ。


「昔はもうちょっと澄んだ音だった気がするんだけどねぇ。かわいい女の子って感じでさ。いまはなんか、少しごてごてしちゃった感じね。深みが増したっていえばそうなの? まぁ魔理沙だって順調に年くってってるんだし、変わっていくのも仕方ないと思うけどね」

「…………」

「こうやって聴いててもね。恋する少女から、恋する女になったって雰囲気。魔理沙も大人になっちゃったのねえ」

「…………」

「どっちにしろ、魔理沙の音は恋のメロディーよね。恋する乙女の歌っていうのかな。好きって気持ちを現したメロディーに感じるわ」

「…………」

「ねえ魔理沙、聞いてる?」

「……はいはい、ちゃんと聞いてますよ。年くったとか言われるのがムワムワするから本格的に魔法使いになってやろうかと思ってたところです」

「あ、それちょっといいかも。魔理沙ってね、たまに、恋の色とはちょっと違う、おどろおどろしいって言うのかしら、そんな旋律が流れてることがあるの。恋のメロディーは私にはちょっとむずがゆいのよね。私はそっちの、いかにも魔法使いですって音も好きよ。魔理沙にもこんな一面があるんだなーって、なんだか新鮮なのよ。まあ四六時中あの音楽でいられたらさすがに気が滅入っちゃうけど……魔理沙が本当に魔法使いになったら、そういうメロディーが増えるんじゃないかな。そしたら一番に聴かせてよね。楽しみにしてるから」

「…………」


 その後、はいはい、はいはい、はいはい、と魔理沙は何回か言った。
 霊夢は好きに語っているように見えてわりと寂しがりで、たまにこうやってちゃんと聞いているか確認してくるから注意が必要だ。聞いてなかったら怒られる。あるいは泣かれる。実際に泣きはしない。心の中で泣かれる。いじけられる。それまでの饒舌が嘘みたいに黙って、部屋の隅に膝を丸めて座って、頬を膨らませて、気持ち潤んだ瞳でじっとりと見つめてくる。

 そんな霊夢に取り憑かれると、罪悪感というやつが普段の十倍くらいの重さで手足にまとわりついてくるので、魔理沙は普段その事態を避ける。
 たまにムシャクシャしてわざと地雷を踏もうとすることもある。けれど魔理沙は霊夢のことがだいたい好きなので、結局ちゃんと話を聞いてしまう。霧雨魔理沙はいつのまにかそういう人間になっていて、そういうふうに霊夢が好きになっていた。
 だって、話を聞いてもらえなくてうるうるする霊夢もいいけれど、話を聞いてもらえて満足げな霊夢の方が、どちらかといわなくても断然いいのだ。虐めっ子キャラにはなれないなーと、魔理沙はどこぞの花の妖怪を思い浮かべながら、清々しく自分を理解している。



 とはいえ。
 ちゃんと聞いてるのに、話の中身はよくわからない。
 さも当たり前のように語る霊夢が、はたして何を聴いているのか、魔理沙には実際さっぱりわからない。こんな一面もあるんだなー、なんて暢気に言われても。
 覚り妖怪じゃないんだからと思ってみるけれど、何を視ているのかわかるぶん、もしかしたら覚り妖怪のほうがマシかもしれない。これが霊夢でなければ、不気味な奴ということでとりあえず撃つ。というか霊夢でも撃ってやりたい。お前わけわかんねーよ! と怒鳴りつけてやりたい。ムシャクシャしている。

 そしてさらに腹立つことに、霊夢の奴ときたら、魔理沙が話を理解できないことはちゃんと諦めているのだ。聞いてなかったら怒るくせに。聞いてて理解できないのはちゃんとわかってて、それなのに聞かせている。

 うん、魔理沙にはわかんないよね、知ってる、しょうがないよね。

 詳しいところを訊いてみても、どうせわからないんだろうなーともったいぶられて、結局教えてもらえない。元々、教えようとする気が霊夢には無いのだ。
 魔理沙は霊夢のことがだいたい好きだ。少しだけ嫌いだ。しょうがないよねなんて最初から諦めたような微笑、これだけは嫌いだった。

 だけど。
 だったらなんでそんな話聞かせるんだよ! と苛立ちをぶつけそうになって。
 なんとか我慢して、ちょっとだけ冷静になると。
 こいつ、ほんとは全部わかってほしいんじゃないかなーという都合のいい解釈にたどりつくのである。

 霊夢は、比較的妖怪寄りだ。実力的にも、精神的にも。このおかしな言動も、人間なんかより、もうちょっとわけのわからない何かに寄っている。
 だが悲しいかな、それでも霊夢は生物学的にはしっかり人間だった。どれだけふわふわしようが、根本はもう疑いの余地なく人間だった。
 結局、霊夢は異端だった。だって普通の人間は「最近のあんたって聴いててムワムワするのよ」なんて言わない。妖怪に混じった中ではそんな自己主張になるほどでもないけど、人間の中でなら、しっかりおかしな子だった。

 さて、魔理沙としてはこれはたぶん、そんな霊夢からのメッセージだと思うのだ。思いたいのだ。思うことにしている。
 しょうがないよね、なんてわざとらしい笑みは、たぶん逆だ。きっとこいつは、自分のことをもうちょっとわかってほしいのだ。同じ人間に。普通の魔法使いに。霧雨魔理沙に。
 まあなかなか都合のいい解釈するじゃないかと自分でも思うけれど、霊夢に望まれているというのは、悪い気はしない。
 だって魔理沙は、霊夢のことがだいたい好きなのだ。



 霧雨魔理沙には夢がある。
 夢、なんて言ってしまうとこっ恥ずかしいけれど、中身の恥ずかしさは外面よりはるかに上だ。
 ようするに、霊夢と一緒にいたいのだ。願わくば、ずっと。
 いろんなことをしたい。ふにふにしたり、ぺたぺたしたり、もみもみしたり、くちゃくちゃしたり。
 もうまるっきり好きだ。霊夢のことを追いかけ始めたころには、もっと別の、羨望だとか、対抗心だとか、たぶん裏側には少しばかり友情だとか。それなりにあったのかもしれない。それらがなくなったわけじゃあない。追いかける相手としてのきっかけは、今も胸の中に在る。だけど、追いかけて追いかけて追いかけているうちに、なにか少し変わった。

 追いかけた、好敵手としてのきっかけも、まだたしかに在るけれど。
 それ以外の関係のきっかけが、いつのまにか。

 霊夢が視界にいるのが当たり前になって、むしろいないのが物足りなくなって。
 霊夢の視界に自分は居るのだろうかということが、気になって。

 そんなことを気にしているから、わかってしまうのだ。わかってしまっていたのだ。
 博麗霊夢の視界には、霧雨魔理沙もまた、居ないのだということを。



 霊夢は今日も、変わらず自分以外のすべてを『その他』に分類していた。
 今まで魔理沙はそれを我慢していた。好感と苛立ちの狭間で堪えていた。相手のぜんぶが自分の好きなようになるなんて思わない。霊夢にだってそりゃあ、マイナスの一面はあるのだと。

 そうやっていた魔理沙のスイッチを、今日の霊夢は押してくれた。切り替えてくれた。このままじゃ嫌だ。こいつのこういうところを、霧雨魔理沙に対するところだけでもいいから、変えてやると。ほとんど脅迫されるみたいに、魔理沙の心はそう圧されていた。

 ──魔理沙が本当に魔法使いになったら。

 それは。
 冗談で言ったようなものなのに、返答は冗談じゃなかったから。
 そんなことを、霧雨魔理沙が博麗霊夢とは違うものになって違う道を歩むなんていうことを、当たり前のように思って、当たり前のように言う霊夢への、寂しさからだったのかもしれない。















「……ふむ。それは文字通り、君の音を聴いているのかも……」

 翌日。魔理沙は、香霖堂と名づけられた、雑然とした店の中に居た。
 香霖堂というのは、魔理沙にとっての振り出しだ。異変のような特殊な出来事の最中でなければ、『とりあえず』で来る場所だ。博麗神社もそうだったけれど、今回は博麗さんちの霊夢さんに関することなので、ここがスタート地点だ。
 例のごとく使えるのか使えないのかわからない店主は、魔理沙が事情を説明すると、例のごとくよくわからない語りを始めた。この店主もまた、普通の人間であるところの魔理沙とはいくらかずれている。そもそも店主は人間じゃない。半分妖怪だ。彼の話に対する霊夢の食いつきがわりと良いのを、魔理沙は複雑な納得と共にいつも眺めている。

「そもそも人間の身体は、様々な音を立てて動いているからね」

 心音だとか、呼吸音だとか。それに限らない内蔵の稼動音。血流だとかも立派に音を立てているのだと、店主は言った。霊夢は普通の人間じゃない。僕ら……少なくとも君には見えていないものが見えている……この場合は聞こえているのかもしれない。霊夢にしかわからない世界というわけさ。そういうものがあっても不思議じゃない。二度目になるが、霊夢は普通じゃないからね。たとえば僕は未知のアイテムの名称と用途がわかるけれど、これもまた一種の『僕にしかわからない世界』と言える。強大な能力を持つ大妖怪、そうだな、八雲紫なんかだともっと……。



 ぶつぶつとひとり呟く店主を残し、魔理沙は店を出た。彼のあの癖はいつものことだ。あれは他人ではなく自分に聞かせるためのものなので、魔理沙があそこに留まる必要は既にない。
 そのまま箒を空中に走らせる。昼日中。太陽もくっきり顔を見せていて、風は適度に涼しい。善は急げだ。目標は博麗神社。
 店主の言葉というのは、いつもなんとなく違う気がするけれど、いつもなんとなくそれっぽい。人間の身体の音を聞くなんて本当にできるのかと思ったけれど、まあできないと証明されているわけでもない。とりあえず答え合わせしてみようと、魔理沙は思ったのだ。


 慣れ親しんだ道を飛んで飛んで飛んで、博麗神社にたどりつくまでにそれほど時間はいらない。
 箒の速度を落としながら、境内に足を着ける。ずざざざっと砂を巻き上げながら、地面で速度を最後まで殺す。

 魔理沙の派手な登場を、境内の掃除中だったのだろう、霊夢は箒を片手に無表情で見つめていた。はあ、と一つ溜息。
 最初こそ文句を言われたものだが、霊夢と魔理沙の間では、行儀の悪さを叱る段階はとうに過ぎていた。ただ、さすがに悪いかと思って、魔理沙はこの後、霊夢と一緒に境内を掃除する。それでお目こぼししてもらっているのが実情だ。

 どうしてわざわざ一緒に掃除をしてまでこんな登場をするのか? そんなもの、霊夢の困ったような、呆れたような顔を見たいからに決まっていた。
 その根源が単純に悪戯心なのか、はたまたそれ以外の何かなのかは、魔理沙にはよくわからないけれど。

「君の音を聴いているのかもしれない」

 って香霖が言ってたが、と魔理沙は言った。
 はぁ、と霊夢はぽんやりした答えを返した。ハズレかなーと魔理沙は思った。果たしてその通りだった。

「さすがにそんな、心音やら何やらなんて聞こえるわけないでしょ」
「だよなー」
「でも、その言い方、なんだかいいわね。その言い回しちょっと借りようかしら。……そうよ、私は、あなたの音を聴いてるのよ。魔理沙」
「……なんか、むずがゆいな。その言い方」
「ふふっ」
「なぜ笑う……まあいい。で、実際は何を聴いてるんだ?」
「あなたの音、よ?」
「その、あなたの音ってのは何なんだよ?」
「はいはい。……そんな、『君の音』みたいに具体的なものじゃないのよ。全身から放たれてる、鼓動? リズム? 波長、みたいな? そういうのが、なんとなく感じられるの」





 たぶん霊夢はそのとき、機嫌が良かった。だって普段なら、訊いたところで教えてもらえない。
 なんで機嫌が良かったのかなと考えてみると、魔理沙には都合の良い解釈しか浮かばなかった。

 きっと霊夢は、嬉しかったのだ。魔理沙が霊夢を追いかけていることが。その場限りの雑談に終わらせず、霊夢のことについて、魔理沙が香霖堂までわざわざ訊きに行ったことが。
 そんなふうに思うと、ついつい魔理沙はにやけてしまう。そんなふうにしか思えないので、にやけるしかない。
 「たぶん」と「きっと」を重ねた仮定。偶然、気まぐれといった回答を半ば意識的に半ば無意識に排除したそのにやけは、端から見たら気持ち悪いものだったのだろうけど、魔理沙には力になった。箒に乗った自分を遠くまで運ぶ、原動力になった。


 ──ところでさ。

 ──うん?

 ──霊夢の、あなたの音ってのは、どんな感じなんだ?

 ──さあね。よくわからないけど、自分のは聴こえないの。


 ここまできたら、もう一つやってやりたいと思っていた。霊夢が何を聴いているのかはよくわからないけどわかった。どうせだから、自分もそれを聴いてやりたいと思うのだ。機嫌がよかった霊夢は、自分が何を聴いているのか口を滑らせたけれど。まさかそのくらいで、魔理沙が自分と同じものを聴けるようになるなんて思わないだろう。魔理沙は、霊夢の驚く顔が見たかった。
 それに、霊夢と同じものを聴いてみたい。そうすればきっと、霧雨魔理沙は博麗霊夢にもっと近づいてやれる。
 ……そうすればきっと。
 お前なんてぜんぜん特別でも異端でもないんだ、あんまり調子に乗るなよお前なんてちょっと変わってるだけの普通の巫女だ、って言えるような気がした。言ってしまえるのだと、わかっていた。




 どうすれば聴けるのか。よくわからないけれど、霊夢は波長と言ってたんだから。
 向かう先は永遠亭。月の兎は確か波長を操った。怪しい薬を作る天才もいる。薬師は変に頭が回る奴だからあまり関わりたくなかったけれど、ひとまず仕方なかろうと納得する。全体的に魔理沙は、まあなんとかなるだろうと思っていた。


 結論から言うと、だいたいなんとかなってしまった。
 八意永琳は話のわかる奴だった。霧雨魔理沙の博麗霊夢への好意の匂いを脱臭しつつ、霊夢が心の病気だから治してやりたい、そのためにまず霊夢と同じものを聴いてみたい──などと適当に説明してみたら、わりとすんなり頷いた。

「ああ、つまりあれね。他人の波長を感じ取れるようになりたいんだ。ウドンゲみたいに」
「別にここの兎みたいじゃなくてもいいが、つまりそうなりたいってことだな。できるか?」
「可能不可能で言うなら、可能よ。ただ、二種類。それを成すのに、あなたには二種類の方法がある」
「何だ?」
「一つは、」
 永琳は右手に、どこからともなくそれを取り出した。それは、ヘアバンドに、兎の耳がくっついているようなものだった。
「このウサミミを装着するか。もう一つは、」
 永琳は左手に、どこからともなくそれを取り出した。それは、緑色で金属質な液体が入っている、コルクで蓋をされた瓶だった。だいたい酒瓶と同じくらいの大きさだ。
「このお薬を飲むか」
「後者で」
「残念。それじゃお薬をどうぞ。一息に全部飲むのがコツよ。……それじゃ、代金ですけど」
「ツケで頼む」
「博麗神社にツケね」
「あー……ああ、それでいいや」
「私が言うのもなんだけど、勝手ねぇ」
「あとで賽銭でも入れてやるさ。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」

 緑色で金属質の液体を携えて、魔理沙は再び博麗神社へ向かうことにした。
 永琳の前で飲んだほうが、ちゃんと効果を確認できて、不測の事態にも対応できるようにも思ったが、そうはしなかった。最初に聴くのは霊夢の音がいいなと思ったのだ。

「そのうち霊夢のお財布と自分のお財布を同じにするんだから問題ない、とでも言いたそうね。若いっていいわぁ」

 呟く永琳のことは、努めて無視である。頭の回転が速い奴はこれだからあまり関わりたくない。
 去り際に「うるさいな年増め」と舌打ちしただけで「年増で悪かったな!」と矢が飛んでくるし、「読心め!」と焦って逃げたら逃げたで「独身で悪かったな!」と矢嵐にさらされるのだ。

















「はぁん?」

 貰った薬を見せて効果を説明してやると、縁側に腰掛けた霊夢は、力いっぱい胡乱げな顔を作った。眉を寄せながら、傍らの湯呑みを片手で掴み、一気に飲み干すと、「ほんとにそんなんで?」なんて訊いてくる。
 いつものような砂を巻き上げながらの着地。いつものように呆れた霊夢の顔が、それ以上に形を変えるのが、やっぱり不思議と嬉しいことなんだと魔理沙は気づいた。へへっ、と笑みを零しながら、魔理沙は瓶の蓋、コルクをつまんだ。

 薬。霊夢と同じものが聴ける薬。楽しみなのか、怖いのか。よくわからない。たぶん楽しみなんだと思う。でもやっぱり、これは一歩踏み出すことだから、なにか躊躇させるものが在りもする。

 霊夢は特別だ。少なくとも人間の中では。魔理沙は、でも、普通だ。よくつるんでる人間には十六夜咲夜とか東風谷早苗とかがいるけれど、あんなのは、なんだかんだで人間の中では異常者だ。だって時を止めたりする。だって神様だったりする。
 魔理沙は、普通に人間の里に生まれて、時間を操ったり奇跡を起こしたりはできないけれど、どうやら少しくらいは才能がある。それをめいっぱいに使って、道具も使えるだけ使って、弾幕決闘という枠の中で、なんとかみんなと渡り合う。

 そんな自分が、霊夢の側に行こうとしてる。こんな些細なことだけど、自分を少し、『特別』に染めようとしている。それは重さこそ違うけれど、魔法を習うと決めたとき、霊夢を追いかけると決めたときと、同質の覚悟だった。



 きゅぽん。
 威勢が良い、だけどどこか間抜けな音が響く。
 こころなしか、中身の緑色の液体から、煙のような蒸気のようなものが上がっているような。
 まだ飲んでもいないのに、体が妙に脈打つみたいで。顔が熱くて、体が緊張に震えて。自分の『君の音』が聞こえそうな気がした。
 一瞬だけ躊躇って、魔理沙は一気飲みの要領で、瓶を咥えて天を向いた。



 結局、自分が『そっち』に行くことになった。
 できれば霊夢に『こっち』に歩み寄ってほしい、という気持ちはあったのかもしれない。
 でも。
 どちらにしろ。
 『こっち』に来た博麗霊夢に、霧雨魔理沙は同じように恋するのだろうか?
 『そっち』に行く霧雨魔理沙は、博麗霊夢に同じように恋するのだろうか?
 自分の、持たないもの。
 彼女の『特別』に惚れ込んだ可能性は無いのだろうか?
 ごっくんごっくん、薬が喉を流れていく感触を味わっている中、そんな思考が脳裏を駆けていく。



 ごっくんごっくん。

 だいたいなんで今さらこんなことを考えてんだよ私は。(そりゃ、ずっと前から、いっつも考えてたからだろ)

 ごっくんごっくん。

 わからんって、そんなこと。(あいつが、あいつと、同じ場所に立ったときのこと)

 ごっくんごっくん。

 どうだっていいだろこんなこと。(特別じゃない霊夢って、霊夢なのかね?)

 ごっくんごっくん。

 あ、くそ、イメージしてしまう。(考えてみろよ。たとえば霊夢がいつか巫女を辞めて、力も衰えて、)

 ごっくんごっくん。

 神社。縁側。のそのそと掃除。(弾幕ごっこもぜんぜんしなくなって、)

 ごっくんごっくん

 でもこいつはすぐ休憩してお茶だ。殆ど一日中お茶を飲んでる……(縁側で呑気に茶を飲んでいるだけになったら、)

 ごっくんごっくん。

 ……まるっきりいつもの霊夢じゃないか。

 ごっくん。



「……はあ」
 一瓶を一気に飲み干して、魔理沙は息をついた。
「……どしたの? なんか一気に疲れたみたいだけど」
「いや、私が考えたところでどうにもならなかったというか、どうでもよかったのかなこれは」
「なにそれ」

 どうでもよさげな霊夢は、きっといま考えたことを話してみても、やっぱりどうでもよさげなんだろうなと、なんとなく思った。
「霊夢は茶を飲んでいれば霊夢なのかもしれない」
 なんだかもう、それで良いような気がした。実際、良いわけは無いけれど。きっと『どうでも』いいことなのだろうと思えた。
 はは、と笑いが漏れ始めた。止められない。「はは、ははは、ははははははは!」魔理沙は笑った。笑えるんだから仕方なかった。霊夢がうげっと呻いても、かわいそうなものを見る目つきで離れていっても、止まらなかった。

 どこまでがこいつなんだろう。どこからがこいつなんだろう。霊夢がすることだからって『特別』とは限らない。どこまでが普通で、どこからが特別。そんなことわからない。
 見ていようと思う。見ていたいと思う。どこが好きで、どこが嫌いだとか。そんなことを気にするくらいに見ている時点でどうにもならないほど負けていた。なんてバカらしい。霊夢が『普通』のことをしたら、霊夢もわりと普通の女の子だよなーなんて思って受け入れるんだろう。霊夢が『特別』なことをしたら、霊夢はやっぱ変な奴だなーなんて思って受け入れるんだろう。
 『特別』だとか『普通』だとかは恋の理由じゃなくて、恋してるから気にすること──あるいは、気にならないこと。好きになった理由は、あったのかもしれない。だけど今はない。今は、理由なんてのは先にあるんじゃなくて、後付けに過ぎなかった。



 結局、今は単純に、一つの事実があるだけ。
 霧雨魔理沙は博麗霊夢のことがだいたい好き、略してだい好きなのだ。



「……魔理沙、大丈夫? ついにおかしくなった?」
「ああ、大丈夫だ。まったく良い気分だ」
「……まあいいけど、なにか変化はあるの?」
「あ」

 言われてみて、はじめて意識した。
 正面、霊夢を音源にしてなにか聴こえてきているような。
 音。音の集まり? 音楽? 胸がどきどきする。素敵な音の集まり。霊夢の音の集まり。魔理沙は思わず身体を震わせた。

「聴こえる」

 軽い、高い音の連なり。たん、たん、たんとステップを踏むみたいな。これが霊夢の音だと言われるとついつい納得してしまう、快活で、自由な印象のメロディー。
 ああ、そうか、これがこいつの。こいつのってこういう。
 自分が訳知り顔みたいになるのを、にやけてしまうのを自覚する。それで霊夢が少しひるむものだから、またさらに笑みを浮かべてしまう。すると霊夢はしばらく黙って、そしてじっとりした目で、

「うそ」
「うそじゃないって。ちゃんと聴こえる。これが霊夢の音だろ。霊夢の、『あなたの音』」
「……ほんとに聴こえるってなら」
「聴こえるってなら?」
「ちょっと口ずさんでみてよ」
「はぁん? え、ちょ、なんで」
「いいからやってよ。ほんとなのかどうか確認してあげる」

 ずいずいずいずい霊夢は迫ってくる。魔理沙は首筋を掴まれて、顔を引き寄せられて。霊夢までの距離は、もう殆どない。
 ほんとなのかどうか、どうやって確認するんだよ。だいたい霊夢は自分の音が聴こえないんだから、何も確認しようがないじゃないか。いや、聴こえないからこそ聴きたいのか?
 わけがわからないなりに、なにかわかったような気がして。だけど変に必死な霊夢の顔が視界を満たして、そんなものはどこかに流れ去ってしまう。
 ひとまず霊夢を遠ざけようとするけれど、押し返そうとしても離れない。二人の顔の距離は拳が二つ分。顔がどんどん熱を持っていくのがわかる。

「……ら〜〜──」

 最初は、小さく口を開いた。唾がかからないようにとか、そんなことを気にする余裕もない。ただ、あんまり近かったから、大口を開けるのがなんとなく恥ずかしくて。

「ら、ら、ららーら、らら、ららーら ら、ら、ららーら、らら、ららーら……」

 けれど。
 一言ごとに、瞳を揺らがせる霊夢。
 霊夢の波長を、霊夢の音を口ずさんでいるんだという自覚。
 霊夢そのものをうたっているかのような錯覚。
 溜めに溜め込んだ頭の熱は一向に冷えなくて、思考力を奪っていって。
 でもたぶん何よりも、どんどん顔を赤くする霊夢。恥ずかしそうに口をわなわな震わせて、何か口に出そうとしているようにも見えるけれど、少なくとも魔理沙には何も聞こえない。ただ、聴いているだけだから。

「らー、ららー、ら〜〜〜〜! らららーらーらーら、らー、ららー、ら〜〜〜〜! らー、ららー、ら〜〜〜〜! らららーらーらーら、らー、らら〜〜〜〜! らー、ららー、ら〜〜〜〜!! らららーらーらーら、らー、ららー、ら〜〜〜〜!! らー、ららー、ら〜〜〜〜!! らららーらーらーら、らー、らら〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 もうやけくそだった。口ずさむどころか叫んでいた。
 目の前の霊夢のことだけ考えた。霊夢のことだけ考えられた。霊夢のことを見て、霊夢のことを聴いて、霊夢のことを口にして。
 霊夢が言ったのも、最初はもちろん気づかなかった。魔理沙が気づいたのは、胸に響く軽い振動。霊夢が俯いて、まるで頭突きでもするように、頭を、自分の胸に押し付けてきていると。子供みたいに弱々しく、駄々をこねるみたいに一途に、握った両手で胸を繰り返し叩いてきているのだということだった。小さく、ばか、ばか、魔理沙のばか、と声が聞こえた気がした。
 一気に意識が戻ってきた。耳を、脳を埋め尽くしていたメロディーは遠くに行ってしまって、今はすぐそばの霊夢から微かに流れてきている。その代わりに、霊夢の声が力を増した。ばか、ばか、ばかーーーー!! 霊夢に『いきなり』怒鳴られて、魔理沙は思わず飛び上がるくらいに縮み上がって、そして呆気にとられた。
 魔理沙が状況を理解した時には、既に霊夢は魔理沙と数歩分の距離を取って、そっぽを向いていた。

「へ……もう……いいのか……?」
「いいよ。もうほんとばか。魔理沙のばか。こんな大声で」
「あのな……お前が言ったから私は……」

 ──ふとした。
 思い付きだった。
 たぶんそれは。
 酒を飲んでいるときよりもよっぽど顔を真っ赤にしていたり。恥ずかしさからか妙に挙動不審になっていたり。口をとがらせながら「ばか、ばか」と、いじけたみたいにひたすら呟いていたり。
 そんな霊夢が信じられないほどかわいい生き物に見えて。そんな霊夢をもっと見ていたいなんて気持ちから。

「……なあ霊夢」
「ばか、ばか……ん?」
「私のを口ずさんでみてくれよ。霊夢に私のをうたってほしい……私に聴かせてほしいんだ」

 魔理沙が底意地の悪い笑みと共に発した、その一言で。
 霊夢は文字通り固まった。固まって、数秒経って、目をぱちくりさせて、また数秒経って。「……え、えっと……え?」なにがなんだかというふうに首を横に振って、また数秒経って。

「えええええええええええええ!?」

 霊夢は、右手で口を覆いながら叫んだ。魔理沙に向けた視線は、最初は驚愕がそのすべてを占めていたけれど、「え、え、あ、う」霊夢がひとこと発するたびに、別の何かが混ざってゆく。
 そこまで驚くことか? 思いながら、魔理沙は一歩踏み出す。

「私のを、口ずさんでみてくれよ。私はもう、聴かせたぞ。だから今度は、霊夢が」
「は、あ、え……っと」

 霊夢は圧されるように半歩下がる。魔理沙はさらに一歩前に出る。

「まり、さ……その、ほんき?」
「うん? そりゃ本気だが」

 霊夢が下がる前に、魔理沙はまた一歩踏んで、右手を伸ばす。
 魔理沙が手のひらで肩を捕まえると、霊夢はびくりと震えて。素肌が触れ合った場所を見て、開いたままの口から「あ、あ……」と漏らして、また魔理沙を見た。霊夢はもう泣き出しそうなくらいに動揺していて、さすがに魔理沙も、何かおかしいかと思い始める。

 ふとした思い付きだった。ほんの好奇心だった。魔理沙はこうして少しばかり霊夢に近づいて、それで満たされたはずだった。冷静になってみると自分はなかなか恥ずかしいことをしていたし、霊夢も道連れと思っただけだった。
 けれど、何かおかしいらしかった。

 ──最近の魔理沙って、なんか聴いててムワムワするのよ。

 霊夢の顔は紅く染まって。
 あ、う、とかわけのわからないことを言って。もじもじと煮え切らない仕草で。
 まるで、愛の告白でもされたみたいな。

 ──こうやって聴いててもね。恋する少女から、恋する女になったって雰囲気。

「……あ、」

 れ?

 ──どっちにしろ、魔理沙の音は恋のメロディーよね。恋する乙女の歌っていうのかな。好きって気持ちを現したメロディーに感じるわ。

 もしかして、そういうことなのか?
 霊夢の肩に手をやったまま、魔理沙もまた硬直した。
 自分の発言の意味。少なくとも、それが霊夢にどう取られたのか。霧雨魔理沙の音は、恋のメロディー。それを、うたってと。霊夢に、うたってほしいと。自分に、聴かせてくれと。自分はもう、聴かせたのだと。

 ──どうやら、霧雨魔理沙は博麗霊夢に告白して、いま返事待ちらしいですよ?

 理解してしまうと、霊夢と同様、魔理沙も動けなかった。むしろ泣きたくなった。身体が震えそうになるのを、唇を噛んで力をこめてなんとか抑えていた。
 そうじゃないのに。いや間違ってはいないけど。もっとこう、外側から少しずつ切り崩していくはずだったのに。そもそもコレもその一環で。あああああ霊夢のやつ困ってる。もう見たことないくらいに動揺してる。そりゃそうだいきなりこんなこと言われたら。予想外すぎる。自分だって予想外だ。ビックリだ。こんなことになるなんて考えもしなかった。絶対断られるって。嫌われるって。もう近づかないでとか言われるって。なんでこんなことになったんだ。これって私のせいか? でも、だって、こんな取り方するなんて考えないだろ普通。だいたいこいつはほんと突飛なんだ。感性とかなんとか。そりゃまあたしかに、言ってた。霧雨魔理沙の音は恋のメロディーだって言ってた。でもまさか、イコール告白と結びつけるか?……結び付けるよな。それが霊夢だ。それが霊夢の見てる世界だ。結局、薬の一つ飲んだくらいじゃ行けない場所なんだよ。わかってた。『こういうこと』じゃないんだ。同じものを見ても聴いても思うところがぜんぜん違う。感じるものが違いすぎる。遠い遠い遠い。違う違う違う。あ、やばいほんとに泣く……

「……………………らー……」

 簡単、だった。
 触れ合っているけどぜんぜん違う場所にいるのだと、魔理沙が絶望的なほど強く信じ込みそうになっていたことを打ち砕くのは、本当に簡単だった。小さく、控えめに開かれた唇。力いっぱいにつむられた目。囁くみたいに微かな声。それだけで十分。
 すべてが吹き飛んだ。あ、と漏らした声を魔理沙は意識していない。何もないどこかに放り込まれたみたいに、葛藤とか後悔とか不純物は何もかも消えて、自分と霊夢と、霊夢の声だけ。強いて言うならもう一つ。霊夢の声は、ぼろぼろ涙を零すのだけは、止めてはくれなかったから。

「らー、らー、らー、らー、らー……らー、らー、らー、らー、らー……」

 ゆっくりと。ふるえる声で、ひとことずつ。霊夢は口ずさむ。
 巫女服を両手で思いっきり握って、少し俯いて。
 だんだんと速いペースに。魔理沙の音を再現しようと。
 聴かせようとしていた。伝えようとしていた。恋のメロディー。それはきっと、都合のいい解釈でもなんでもない、ほんとうに、間違いなく、霊夢の気持ちだった。

「らーらーらーらーら〜。らーらーらーらー らららっ、らららっ、らららららららら……」

 霊夢の声がちょっとずつ大きくなってきて。必死さを増してきて。
 現実感が薄い。もう自分でもよくわからなかった。意味がわからなかった。二人して真っ赤になって、向かい合って、片方は止めようもないくらいに泣いてて、もう片方は「らららららららら……」なんてひたすらうたってて。

 霊夢にだって、伝えることはあった。大切なことはちゃんと伝えたいという願望もあった。
 まるで子供みたいに。それ以外何もないみたいに。ただ伝えようとして、不器用にうたっている霊夢を見ていると。
 ああ、なんだ。
 結局、距離を取っていたのは霊夢だけじゃなかったんだなと。
 気づけたように、魔理沙には思えたのだ。

 魔理沙も、きっと霊夢も。これ以上無いくらいに高まっていた。
 そんなときだった。

「らららっ らららら〜〜。ららら らららっ らららら〜〜〜〜!! ららら らららっ らららら〜! ららら らららら らに゛ゃっ!?」

 あ、と間抜けな声をあげながら、噛んだ、という間抜けな事実確認を口にするのをなんとか押し込めたのは魔理沙。
 霊夢は。にゃ、あ、う……と、魔理沙を見て、俯いて、その目にみるみる涙を溜めたものだから。

 霊夢のばか、と口に出す前に腕をひっつかんで、抱き寄せていた。
 伝えそこなったんじゃないかと。こんな大切なことがうまくできなかったと泣きそうになっている奴に、ばか、と言ってやる前に。がっちり捕まえて、涙なんて服にでも吸わせてやって。ちゃんと伝わっているんだって。そりゃあうまくできなかったかもしれないけれど、失敗したのかもしれないけれど、そんなのは大丈夫なんだって、教えてやりたかった。
 だけども霊夢はしゃくりあげて、鼻水をじゅるじゅるすするから、魔理沙はもっともっと強く抱き締めた。もう離さないと思った。霊夢に文句を言われるまで、離さないと思った。

「あはは……」

 霊夢はそうされて、少しの間、魔理沙の胸の中で静かにしていた。
 けれど、しばらくして笑い始めた。突然笑い始めた。大笑いだった。

「あはははははははは! は、はっ、ひー……」
「……霊夢? どうした、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫よ、ただ、おかしくて」
「おかしい? 何が?」
「ううん、なんでもない。なんでもないわ……」

 その後も、霊夢は笑い続けた。魔理沙の腕の中で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を、魔理沙の胸に押し付けて。霊夢の方からも腕を回して、魔理沙を逃がさないようにして、ずっと、ずっとそうしていた。





















 霊夢のばか笑いの意味を魔理沙が知ったのは、しばらく後になってのことだった。


 この一件以来、魔理沙と霊夢の関係は、おそらく多少なりと変わった。その具体例の一つとして、霊夢が凶暴になった。無論、魔理沙限定で。容赦がなくなった、壁が薄くなったとも捉えられるから、悪いことではないだろうと魔理沙は思っている。
 どのくらい凶暴になったかというと。たとえば、霊夢の話をちゃんと聞いていなかったりしたら、問答無用で御札が額めがけて投げつけられる。話が聞かれないと小動物のようにいじけていた過去のことを、懐かしむ気持ちが無いわけではない。

 ところでこの御札、別に喰らっても痛みは無いが、妙に力が抜けるのである。身体の力が抜けて、その場にへたれこんでしまう。
 そうなると、もう逆らえない。ゆっくりとお仕置きされたりする。されなかったりもする。ぜんぜん関係ない他のことをされたりもする。ふにふにされたり、ぺたぺたされたり、もみもみされたり、くちゃくちゃされたりすることもある。


 その日の魔理沙は、抱き枕だった。
 霊夢は魔理沙を胸の中に抱きこんで、魔理沙は霊夢の胸の中に抱き込まれて、二人で床に転がった、そのとき。

 そのとき魔理沙は、その音に気づいたのだ。
 霊夢の、『君の音』に。
 霊夢の命が、脈打つ音に。

 薬無しで聴ける音。『特別』でなくとも、こんな簡単に聴ける音。
 もう心底ばからしくなって、笑いをこらえるのが辛かった。間違っていたのかというならば、きっと間違ってはいなかったのだと、意地で答えたくなるけれど。なんだかひどく回り道をしていたのはそれこそ間違い無いように思えて、魔理沙は心の中で苦笑を漏らした。結局、今回の出来事は、二人ともにとっていいクスリだったんだろう。
 実際に笑みを浮かべたり、くすくす笑ったりなんてことは無い。だって霊夢が、子守唄代わりに、小さな声で口ずさんでいた。

 霊夢はこのメロディーを口にするのはどうも苦手らしい。何度も挑戦して、何度も途中で噛んで失敗している。
 もうちゃんと中身は伝わっているからと繰り返したけれど、魔理沙の素敵なメロディーを伝えてあげたいのだと、これは中身じゃなく外面を伝えてあげたいのだと言って聞かないので、魔理沙はもうそれで頷くことにしている。

 だけど、あるいは。心の奥底では、こんなふうにも思っている。
 それは霊夢にとって、初めて何かを本気で伝えようとした、そのためにうたったものだから。
 うたいきることで、霊夢にとっては何か意味があるんじゃないだろうか、とか。そうすることが、霊夢にとっては先に進むための最初の一歩になるんじゃないかとか──。

「らららっ らららら……」

 今度は、うたいきれるだろうか。
 いつかは、うたいきれるだろうか。
 音を聴きながら、魔理沙は目を閉じて。
 すべての言葉の代わりに、霊夢を抱いた手に、ほんの少しだけ力をこめた。
 
 
 






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