魔理沙(アリス、起きてるかー?)
魔理沙(……こんな朝から、よくもまあ飽きずに来るもんね。魔理沙)
魔理沙(まあ、アリスのところに来るのは殆ど二日おきかな)
魔理沙(和食が食べたいときは霊夢のとこ、洋食がいいときはアリスのところだ)
魔理沙(和食派じゃなかったの?)
魔理沙(人間ってのは時と共に変わるもんだ)
魔理沙(はいはい。……まったく)
魔理沙(しょうがない、今日もご馳走してあげるわよ)
魔理沙(悪いな)
魔理沙(いえいえ)
魔理沙(……ふむ)
魔理沙(どうかしたか?)
魔理沙(うーん、なんだかね、)
魔理沙(こうやって魔理沙の相手をするのって、不思議な感覚があるのよ)
魔理沙(なんだろうなって思ってたんだけど)
魔理沙(わかったかも)
魔理沙(なんだ?)
魔理沙(私、神綺様が造った魔界人の中では)
魔理沙(かなり年若い方だったのね)
魔理沙(だから、周りの皆が……姉や、兄みたいだった)
魔理沙(なるほど、わかったぞ)
魔理沙(魔界に居た頃と同じ感覚があるんだな)
魔理沙(ほれ、お姉さまと崇めてよいぞ)
魔理沙(いや、そうじゃなくて)
魔理沙(逆)
魔理沙(逆?)
魔理沙(たぶん、こういうのが)
魔理沙(妹を相手にする感覚なんだなーって)
魔理沙(なっ)
魔理沙(ちょちょちょちょっと待て)
魔理沙(うん)
魔理沙(お腹を空かせた妹に)
魔理沙(とびっきりのご馳走を作ってあげる)
魔理沙(いや、帰る。私はやっぱり帰るぞ)
魔理沙(あらあら、遠慮しなくていいのよ)
魔理沙(魔理沙ちゃん)
魔理沙(誰が魔理沙ちゃんだ!)
魔理沙(ちょ、髪の毛わしゃわしゃするな!!)
魔理沙(不思議ねぇ。ちょこまか鬱陶しい魔理沙が)
魔理沙(急にものすごく可愛い生き物に見えてきたわ)
魔理沙(やめろ、抱きつくにゃっ)
魔理沙(ふむぐっ)
魔理沙(む〜〜〜〜っ。むぅ〜〜〜〜っ)
魔理沙(アリスとの掛け合い)
魔理沙(もう思うことしかできない)
魔理沙(もうアリスは居ない)
魔理沙(私だって居ない)
魔理沙(肉体を再生させる世界という場すら消えて)
魔理沙(残ったのは、どこかの狭間を漂う、磨り減った魂のカスだけ)
魔理沙(他の蓬莱人は、どこかで同じようなことになっているんだろうか)
魔理沙(こんな雑多な思考に裂いている時間はあまりない)
魔理沙(思わなくちゃいけない)
魔理沙(忘れずにいられた欠片を忘れないために)
魔理沙(パチュリーたちとのちょっとした喧嘩)
魔理沙(また勝手に本持ってったでしょ! 魔理沙!)
魔理沙(持ってってないぜ)
魔理沙(嘘おっしゃい。小悪魔に図書館の本をぜんぶ数えさせたわ)
魔理沙(えーと……何冊だったかしら、小悪魔)
魔理沙(本来、この図書館には、八一四二三五〇六八八〇三五冊の本がありました)
魔理沙(今は五冊です)
魔理沙(五冊で図書館を名乗ろうとはおこがましいな)
魔理沙(むきゅぃー!)
魔理沙(憎しみで人が殺せたらっ)
魔理沙(おいおい、そんなカッカするなよ)
魔理沙(本が読みたいなら、私の図書館に招待してやるから)
魔理沙(盗人たけだけしいにもほどがある!)
魔理沙(……パチュリー、言っとくけど私は本当に盗ってないぞ?)
魔理沙(借りてった、とでも言うつもりでしょ?)
魔理沙(いや)
魔理沙(八一四二三五〇六八八〇三〇冊)
魔理沙(小悪魔が寄贈してくれた)
魔理沙(えっ)
魔理沙(私の家に空間転送してきたんだ)
魔理沙(だいたい、八一四二三五〇六八八〇三〇冊も私が持っていけるわけないだろう)
魔理沙(常識的に考えて)
魔理沙(なにそれ)
魔理沙(どういうことなの)
魔理沙(……もう疲れました)
魔理沙(本の管理に)
魔理沙(どんどんどんどん増えてくし)
魔理沙(もうだめです、入りきらないし管理しきれませんって数え切れないほど言ってるのに)
魔理沙(いけるいける、まだいけるって)
魔理沙(管理できるかできないか、このギリギリを攻めるのが楽しいんだって)
魔理沙(お前は何を言っているんだ)
魔理沙(って言うのを何度堪えたことか)
魔理沙(そんな不満が溜まりに溜まって)
魔理沙(ついカッとなってやった)
魔理沙(当時に比べて、今はいろんなことが楽になりました)
魔理沙(だって五冊だし)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………ごめんなさい)
魔理沙(ごめんで済んだら司書はいりません)
魔理沙(はい……)
魔理沙(だいたいパチュリー様はですね……)
魔理沙(あー、私もう帰っていいか?)
魔理沙(思わなくちゃいけないということ)
魔理沙(思うべき言葉の断片)
魔理沙(覚えてられるのはそれだけ)
魔理沙(人としての最後の日の記憶)
魔理沙(覚えてられたのはそれだけ)
魔理沙(気づいたときにはもう遅かった)
魔理沙(大切なこと、たくさんあったはずなのに)
魔理沙(アリス、パチュリー)
魔理沙(もう、なにもかもよくわからない)
魔理沙(もう、誰もいない)
魔理沙(アリスの言葉も、パチュリーの言葉も)
魔理沙(あいつらの声で聞くことはもうできない)
魔理沙(私がひとりで)
魔理沙(ひとりだけでぜんぶ思うことしかできない)
魔理沙(…………霊夢)
魔理沙(霊夢ー……)
魔理沙(何やってるんだ?)
魔理沙(うーん……魔理、沙?)
魔理沙(ああ、魔理沙だぜ)
魔理沙(あ、あ、)
魔理沙(魔理沙、だ)
魔理沙(お、お、おお……魔理沙、だぜ)
魔理沙(うん……おはよう、魔理沙)
魔理沙(なんで寝てるかな……大事な話があるって言ったと思うんだが)
魔理沙(あ……えっと、それを言うなら、魔理沙こそ)
魔理沙(約束の時間は、もうとっくに過ぎたと思うけど)
魔理沙(うっ)
魔理沙(まあそれはちょっと)
魔理沙(アリスとごちゃごちゃあったり、パチュリーにいきなり呼び出されたり)
魔理沙(そう、まあいいけどね)
魔理沙(ところで、その手に持ってるものは何? ちっちゃい……壷?)
魔理沙(ああ、これは)
魔理沙(薬、だよ)
魔理沙(これからする話に関係ある)
魔理沙(……ふーん)
魔理沙(……お茶、入れてくるね)
魔理沙(そこで待ってて)
魔理沙(今日は日差しが心地良いから)
魔理沙(ぼーっとして寝ちゃわないようにね)
魔理沙(いくら気持ち良い暖気だからって)
魔理沙(縁側でぼけーっと眠ってたまるか)
魔理沙(ぐうたら巫女の霊夢とは違うんだからな)
魔理沙(ふふ、どうだか)
魔理沙(…………でも、そうね)
魔理沙(魔理沙は、私とは違うんだものね)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………)
魔理沙(……お茶、入れてくる、ね)
魔理沙(……ああ)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………)
魔理沙(…………)
魔理沙(……霊夢、)
魔理沙(…………)
魔理沙(……霊夢、)
魔理沙(お前はあのとき、どんなふうにしてたんだろう)
魔理沙(私のこと、どんなふうに思ってたんだろう)
魔理沙(昔の私だったら)
魔理沙(ちゃんとお前のことを覚えてて、ちゃんとお前のことをわかったのかもしれない)
魔理沙(でも、もう思い出せないんだ。記憶してられないんだ)
魔理沙(肉体の無い、魂の欠片だけで記憶してられることってすごく少ないみたいだ)
魔理沙(それだって、こうしてる今もどんどん磨り減って、どんどん少なくなってく)
魔理沙(もう、お前たち三人のことしか思い出せな)
魔理沙(あ、れ)
魔理沙(三人?)
魔理沙(お前と。霊夢と、あと、二人)
魔理沙(あと、二人)
魔理沙(誰、だったっけ……?)
魔理沙(あ、)
魔理沙(ああ、)
魔理沙(おもい出せない)
魔理沙(あいつらとのこと、おぼえてたはずだ)
魔理沙(ほんの少しだけだけど)
魔理沙(あいつらとしゃべったこと)
魔理沙(なにかしたり、されたりした)
魔理沙(あいつらとのこと)
魔理沙(……あ、)
魔理沙(あああ、)
魔理沙(うあ、ああああああああああ)
魔理沙(いやだ)
魔理沙(霊夢)
魔理沙(霊夢霊夢れい夢霊夢霊むれいむ霊むれいむれいむ)
魔理沙(わすれたくない)
魔理沙(いやだ)
魔理沙(もうやだ)
魔理沙(たすけて)
魔理沙(だれかたすけて)
魔理沙(ゆめ)
魔理沙(ぜんぶゆめ)
魔理沙(うそでしょ)
魔理沙(こんなの、わたし)
魔理沙(やだ)
魔理沙(たすけて)
魔理沙(わたし)
魔理沙(れいむ)
霊夢「何やってるの?」
「うーん……」
僅かに開いた目の隙間。そこから入り込んでくる白い光を、魔理沙は、いやに懐かしく感じた。
降り注ぐ日差しに神社の縁側は程よく暖められて、風もあまり無かったから、眠気を誘うには十分な場所だったらしい。魔理沙はいつのまにか、座りながら舟をこいでしまっていたようだ。
ぼんやりした意識のまま、しょぼしょぼする目を手でこする。長い長い、夢を見ていた気がする。両目をもみほぐしても、心はどこか眠りについたまま。けれど、大部分を遮られた視界の隅に彼女の姿を認めたとき。
目に映るすべてのことの。肌に触れるすべてのものの。耳に聴こえるすべての音の。世界のピントが合ったような感触があった。
「霊、夢?」
「うん、私は霊夢だけど」
「あ、あ、」
反射的に魔理沙は、目をこする力を強めた。あくびをしたくもなった。それは魔理沙の意地っ張りな気質の現れで、ほとんど癖のようなものでもあった。目を強くこすったり、あくびをしたときには、少しばかり目が潤むのが普通だから。
「霊夢、だ」
「まあ、うん、私は霊夢ね」
「うん……おはよう、霊夢」
「寝るなって言ったでしょうに……しょうがないわね、魔理沙は。で、大事な話ってのは?」
大事な話。
言われてやっと、魔理沙は思い出した。ここに何をしに来たのか。霊夢に何を告げに来たのか。傍らには、ちゃんとあの薬がある。
魔理沙は、薬をじっと見つめた。長い長い、夢を見ていた気がする。その中身を覚えてはいなかったけれど、なにか、とても悲しい夢を。
「……まあ、なんとなくわかるけどね」
「……中身が何か教えたっけか?」
「なんとなく、わかるのよ。『勘』だけどね」
霊夢が薬を手に取る。「魔理沙、この薬、飲むんでしょ?」
なんでもないことのように、霊夢は問うてくる。本当にそうなんだろうか。なんでもないことなんだろうか。霊夢はいつもとまったく変わらないように見えるけれど、魔理沙の心の深いところが、何か違和感を告げてくる。それだけじゃない。この薬を飲んで、本当に良いんだろうか?
今さら何を、と自分でも思う。数ヶ月単位で、このことだけを考えて、悩んで、悩み通して決めたことだ。薬を飲めば、良いこともあるし、悪いこともある。理解も納得もしたはずだ。けれどそれらとはまた違う、別の何かが、『そっち側』に行こうとする魔理沙の足をつかんで離さない。
その正体が何なのか。わからないなりに、なんとなくわかった気がしたから、魔理沙は霊夢の手から薬を奪い取った。
「……これが、『勘』ってやつなのかな」
『勘』と名づけたそれは、自分を見る霊夢の表情が、いつになく硬いものであると教えてくれた。
ありがとう、と魔理沙は小さく呟いた。右手を大きく振って、薬を空高くまでぶん投げると──空いた手で、スカートの中の八卦炉を取り出す。小さな標的は、轟音と共に光に呑まれる。そうして、魔理沙を永遠へと変えるはずだった薬は、崩れて見えなくなった。
霊夢に向き直ってみると、珍しいものがあった。彼女が呆気にとられて口をぽかんとさせているところなんて、前に見たのはいつのことだったろう。
「あー……大事な話な、うん、忘れちゃったぜ」
「……はは」
霊夢は、急にあくびをした。ちょっと寝足りなかったかもと、早口で続けた。あはははと笑いながら、風邪引いちゃったかも、と鼻水をすすった。言われてみると魔理沙もなんだか、鼻がぐずぐずする。風はたしかに殆ど無かったけれど、まったく無かったわけじゃない。この程度で風邪を引くということも、もしかしたらあるかもしれない。ほんと、人間ってやつは不便だよなと魔理沙が笑うと、霊夢も頷いて笑った。それにどうやら、目にごみまで入ったみたいだ。目をこすっている間は、霊夢の姿が見えにくい。だからというわけではないけれど、それじゃあ風邪っぴきどうし一緒に寝るか? と魔理沙は言っていた。霊夢は赤い目で頷いた。寝足りないんだと主張して譲らないから、たぶんそうなのだろうということにした。おそらく魔理沙の目も赤かったけれど、だからそれも、きっと寝足りないだけなんだろう。
眠って、起きたら、アリスのところに行こう。パチュリーのところにも。もっともっと、霊夢と、アリスと、パチュリーと。それだけじゃない。幻想郷で知り合った多くのものたち。沢山の時間を──彼女たちと、沢山の時間を過ごしたかった。