・それはまさかのBOM BOM DREAM

「こっ……これはまさか」

 「ああ、今回は面白いものが入っているよ」という店主のことなど、東風谷早苗の目にはもはや入らなかった。

 二週間に一度ほど、早苗は香霖堂を訪れる。
 外の世界から、幻想へと入ってきたものが集まる場所。

 早苗も常識を一枚一枚ゆっくりと脱ぎ捨て、幻想郷に順応しつつある。
 とはいえ、元現代っ子としてはやはり興味があるのだ。

 そして今。
 いつものように、香霖堂にやってきて、そこで。
 幻想となったものたちの集積場で、早苗はかつての夢を見つけてしまった。

 荒い息で、震える手で。
 何度かまばたきをして、目をこすって。
 『それ』がこの幻想の世界で、現実に在るのだと確信する。

「ああ……また逢えるなんて」

 かつて、早苗が幼かったころ。
 本当に大切なものは失ってからわかるのだと、知らなかったころ。
 それじゃあすべては遅いのだと、知らなかったころ。

「量が多くて邪魔だからと、親に言われて。
 もう何度も読んだしいいか、なんて思ってしまって。
 そのままちり紙交換に出してしまって……。
 部屋がなんだか広くなったと思ったときには遅かった。
 あの日以来、後悔しないときはなかった」

 早苗は『それ』にゆっくりと手を伸ばして、胸に抱きこんだ。
 一冊だけではない。十冊、二十冊、いや百冊以上……児童にとっては鈍器にほかならない『それ』らが、所狭しと香霖堂の中を埋め尽くしていた。

「コミックボ○ボ○……!!」






・そんなあなたにもBOM BOM DREAM

「あー……なんか人生つまんないなあ」

 畳の上でぐったりと天井を眺めつつ、博麗霊夢は呟く。
 その四方には、数十冊単位で詰まれた漫画の山、山、山がある。
 迂闊に寝返りもでんぐり返りもできない。
 少し身をよじるだけで、漫画の塔が身体に当たる。
 地震が起きたならば、霊夢は漫画に押し潰されて安らかに逝けるだろう。

 しかし、そんな数百、数千の漫画群を、霊夢はすべて読んでしまった。
 そして完っ全に飽きた。もうお腹いっぱいだ。一冊もいらない。
 それは、たくさん読んだからというだけではない。
 飽きるのも無理はないくらい、漫画の内容はだいたい似通っていたのである。

「どれを見ても恋愛恋愛恋愛……まったくほかにすることはないのかしら」

 霊夢の周りの塔は、遠目に見るとピンクに染まっている。すなわち、少女漫画であった。
 早苗のところに遊びに行った時に、暇潰しに使えそうだからと借りてきたものだ。
 面白かった。確かに面白かった。
 しかし何かが足りないように感じられた。
 何か別のものを読みたいと思うようになっていた。

 だいたい霊夢は恋愛に興味はあっても縁がなかった。
 主人公の女の子がかっこいい男の子とらぶらぶちゅっちゅする漫画を見ながら、最初は憧れを感じていた。
 幼馴染とゆっくり恋をしていく漫画を見ながら、羨望を覚えていた。
 十八禁っぽい展開の予感を感じるたび、神社の結界を総点検して、ドキドキしながらじっくりと読み進めた。
 だが、それも今は昔。

「はあ、リア充(漫画で覚えた)ほろべ」

 すべて自分とはまったく縁が無いことに気づいてしまった。
 かっこいい男の子来い! 王子様来い! と思ってみても神社にはほとんど女しか来ないし。
 というか漫画の中の男の子がかっこよすぎたり可愛すぎたりして、霊夢は現実に目を向けるのを躊躇っていた。
 理想と現実のギャップに、霊夢はもう少女漫画に対して嫉妬しか向けられなくなっていたのである。

 なにか別の漫画が読みたかった。
 心の、別の部分を燃やしてくれる漫画が読みたかった。

 かつて、これらの漫画を借りたとき。

 ──よくまあこんなに集めたものね。そんなに面白いの?
 ──ええ、面白いですよ。間違いなく面白いです。ただ、こんなに少女漫画ばっかり集めたのは……かつて失くした夢から目を逸らそうとしていただけなのかもしれませんね……。

「早苗……あんたはあのとき、何を想っていたの?」
「──これですよ」

 風が、吹いた。
 障子がひとりでに開く。東風谷早苗が、片手に何か分厚い本を携えて立っている。

「早苗、あんたいつの間に。……あんたが持ってるそれは……?」

 彼女が差し出したその本──いや漫画雑誌に、霊夢は新たな世界を見る。






・みちびくBOM BOM DREAM

 博麗神社の縁側にて。
 ○ンボンをぺらぺらめくって「麒麟剣……」と呟く霊夢の隣で、早苗は空を見上げていた。

 香霖堂にて早苗が発見後、ほどなくして、コミック○ン○ンは幻想郷の少女たちの間で流行りはじめた。
 早苗が持ち込んだ少女漫画よりも、少年漫画に惹かれる層の方が多かったのだ。
 弾幕ごっこの際にレフェリーが登場するようになったのもその影響だ。「合意と見てよろしいですね?」はいまや少女たちの流行語である。
 霊夢などは、特にはまり込んでいるようだった。非想天則を見たときの目の輝き具合からして、『ロマン』の種を心に秘めているように感じられていたが……どうやら予想は正しかったようだ。霊夢が人知れず波動拳の練習をしていることを早苗は知っている。
 霊夢だけじゃあない。ドロボウ兼魔法使いは地底の烏を腕に取り付かせて(烏も烏でノリノリである)なんちゃらロワイヤルとかいう必殺技を作り出しているし、おっぱいの感触がプリンに近いという幻想は多くの少女の役に立ったようだ(どのように役に立ったのかは定かではない)

 早苗にとって、それは夢のようなことだった。
 周りの人間は殆どがライバル雑誌であるコ○コ○を読んでいて、ボ○○ン派というと変な顔をされたあのころ。
 みんなと同じことをしないと仲間はずれになる、子供時代。
 なけなしのお小遣いに、両方をそろえるだけの力は無い──早苗にとって、みんなと話を合わせるためにコロ○○に鞍替えするという選択肢は常にそばにあった。

 それでも早苗は、自らの信念を貫き通していた。
 面白いと信じるものを買い、読んでいた。
 それなのに。
 軽い気持ちでちり紙交換に出してしまって、それ以来、なんとなく遠ざかってしまった。

 ふと気づくと、好きだった漫画はことごとく打ち切られ。
 本屋で見かけた時には、誌面がいやに大きくなっていて。
 そして……為すすべもなく、コミック○ン○○は消滅した。
 いや、既に早苗は、何かを為そうという気すらなくしていた。

 かつて大切にしていたものが、静かに失われゆくこと。
 それに対して、恐ろしいほどに無関心な自分がいること。
 早苗が幻想郷に行こうと思ったのは、それらを認識したからかもしれなかった。

「……早苗、どうかしたの?」
「……いえ、霊夢さんと友達になれてよかったなあって」
「へ? ……はあ、どうも」

 もしも。向こう側に霊夢がいたならば。
 ○○○ンについて語ることのできる、友達になっていたのかもしれない。
 『手術』という単語を噛まずに済んだのかもしれない。

 ──十年くらい、早く出会っていれば。
 惜しんでみながら、十年遅れで出会えたことを嬉しくも思うのだった。






・さらばBOM BOM DREAM

「霊夢さん、○○ボ○の漫画が消えているって……?」
「ええ。ハ○ゾーが載ってたところが白紙になってるのよ」

 その現象は、あまりに突然のものだった。
 あまりに驚いた霊夢が、十秒ほど停止していたくらいだ。

 ついさっきまでちゃんと載っていたはずの漫画が、白紙になっている。
 お気に入りの漫画を二度読みしようとした霊夢が気づいたらしい。
 ○ンゾーだけではない。ロック○ンX、ウルトラマ○超闘士激伝──幾つかの漫画が載っていたところが、真っ白な状態だ。

「無無明亦無(むむみょうやくむ)……?」
「早苗?」
「いえ、別の話です。というかアレはちゃんとした演出ですから。演出ですから」

 蜜柑となった某漫画に早苗が想いを馳せている(彼女は完結版が出るよりも前に幻想郷に来てしまったため、ダム子の存在すら知らないのだ……)と、眼前に、『彼女』がぬるりと顔を出した。

「お困りのようね」
「八雲紫。……あなたの仕業ですか?」
「いいえ。これは自然なこと……それに、喜ぶべきことなのかもしれないわよ?」
「どういうことですか?」
「これを見なさい」

 紫が取り出したのは、ハン○ーの単行本……いや、早苗が知っているものとはサイズが違う。やけに大きい。ボ○○○コミックスはもっと小さかったはずだ。

「これは、復刻版よ」
「復刻版?」
「そう。読みたいと想う者の声が集まったために、このような形で復刊されたもの」
「そ……それじゃあ」
「ええ。復刊された本は、幻想でなくなった。もう、ここで読むことはできない」
「……そう、ですか」
「……哀しい?」

 聞かれて。
 不思議と早苗は、自分が既に満足してしまっていることに気がついた。

 覚悟なく別れた○ン○○と、再会し。
 この幻想郷で、たくさんの人に読んでもらい。
 そしてまた、向こうの世界で読んでもらえる。
 それが、あまりにも。
 あまりにも幸せなことに思えたのだ。

「哀しくないといえば嘘になりますよ。でも、この漫画たちがまた向こう側に戻って多くの人の目に触れるというなら──私はそれを、応援したい」
「ふう……まったく、お利口さんね。そこの紅白にも見習ってほしいものだわ」
「ん?」

 ふと見ると、霊夢がこてんと横に倒れて「うえええ……? あれがもう読めないの……?」と涙を流しているではないか。完全に漫画……いや○○○ン中毒です。本当にありがとうございます。

「それに、霊夢さんと今までより仲良くなれたのは変わりませんし」
「……ほんと、お利口さんね」

 その後、紫と二人して霊夢を膝枕したり、背中や頭を撫で回したりしてあやしたそうな。





「ありがとうボンボン──機会があったら、また逢いましょう。
 もしかしたら、機会が無いほうがいいのかもしれないけどね?」











index      top



inserted by FC2 system