魔理沙のやつは、正面から、ぎゅーってしてくる。

 魔理沙のやつは、ちっこい。

 なんだか小動物みたいだ。

 そういってみたら、うるさいって、怒るけど。

 わたしもちっこいから、二人して小動物みたいだ。

 魔理沙は、正面から、ちからいっぱい、抱き締めてくる。

 魔理沙は、あったかい。

 暑いよっていっても、ぜんぜん放そうとしない。

 そんなだから、わたしも途中で諦める。

 わたしが諦めても諦めなくても、魔理沙はずっと、ぎゅーってしてくる。

 そんなわたしたち二人を、一度に、ぎゅーってするやつがいる。

 そいつはわたしの後ろから、魔理沙ごと抱き込むように、ぎゅーってする。

 魅魔は、霊なのに、どうしてか、あんまり冷たくない。

 むしろ、魔理沙ほどじゃあないけど、あったかい。

 だからわたしはあっつくてあっつくて、ぎゃーって暴れることがあった。

 わたしが暴れると、魅魔は、けらけら笑って、簡単に手を離す。

 そうしたら、背中だけは涼しくなって、わたしは少し落ち着く。

 魔理沙は、でも、離れないまんまだ。

 だけど、こいつのことはもうしょうがないってわかってるから。

 わたしの胸の中には、湯たんぽみたいな魔理沙がいつでもいて。

 ぎゅーってされてて、ぎゅーってしたりする。

 それで、たまに少し、背中が寒いなと思ったとき、いつのまにか魅魔がいる。

 そんなんで、また、あつくなる。

 その点、アリスは、ほどよいあったかさだ。

 アリスが、ぎゅーってしてくることはない。

 私も、自分からぎゅーってすることはないから、なんとなくわかる。

 アリスは、普段は、背中合わせだ。

 背中から、少しだけ、じんわり、熱が伝わってくる。

 たまに、こつんと、背中だけじゃなくて頭の後ろを合わせてくる。

 寒いときにはちょっと心細いけど、普段はこれで十分だ。

 まったく、魔理沙は、普段からあっつすぎるのだ。

 そんなことをいうと、アリスの背中は、少し震える。

 たぶん笑ってるんだってわかって、わたしは唇をとがらせる。

 冷たいなら冷たいで文句いうのにって、アリスは笑う。

 だって、冷たいよりも、温いほうが気持ちいいじゃないか。

 私は、そう思っていた。

 そんなの人によるじゃないって、レミリアはよく食い下がったけれど。

 抱いてみたら意外と冷たいのも気持ちいいかもしれない、とか。

 咲夜は冷たいのが好きだから、霊夢だって慣れれば大丈夫だ、とか。

 言い訳しながら、ひんやりなレミリアが、腰のあたりに抱きついてくる。

 冷たい身体で、短い腕で、ぎゅーって抱きついてくる。

 そのたびそのたび、丁寧に引っぺがしてやった。

 だって、冷たいのって、それはそれで、意外と心地よかったから。

 もし慣れちゃって、中毒みたいになっちゃったら、ちょっと怖いかもって。

 冷たいのに慣れて、あったかいのが落ち着かないようになっちゃったらって。

 わたしは、咲夜とは違ったから。

 慣れちゃってて、中毒になっててもきっぱりやめられそうな咲夜。

 慣れちゃってて、中毒にもなってたけど、けっきょくきっぱりやめた咲夜。

 あいつは、わたしや魔理沙のことを、年下の女の子みたいに扱っていた。

 わたしたちより背が高いのに、わざわざ目線を合わせて、じーっと見つめて。

 あいつの目に、吸い込まれそうと思ったときには。

 そのときにはもう、胸元に抱き寄せられて、ぎゅーってされてる。

 それで、子供をあやすみたいに、頭を撫でられたりする。

 その体勢は、最初からなんとなく納得いかなかったけれど。

 レミリアにも同じことをしてるって聞くと、もっと納得いかなくなった。

 魔理沙にも同じことをしてるって聞くと、もっともっと納得いかなくなった。

 それに、そんなんで落ち着いた気持ちになるわたしがいるから。

 もっともっともっと、納得いかなくなった。

 あんまり、認めたくないことだったけど。

 わたしは誰かに、ぎゅーってされると、それで落ち着いた気持ちになっていた。

 恥ずかしくて、悔しくて、そういうことは誰にも言わなかったけれど。

 ただひとり、紫だけは、なんだか、それに気づいてるみたいだった。

 紫に、ぎゅーってされると、わたしはなんだか、小さい子供みたいになる。

 わたしが小さいのか、紫が大きいのかは、わからない。

 紫は、特に決まったやりかたはなくて。

 前からだろうと、後ろからだろうと。

 ふうわりと、包み込むみたいに、ぎゅーってする。

 わたしは、猫みたいに丸まって、紫に、ぎゅーってされる。

 紫は、あったかいのか冷たいのか、よくわからなかった。

 ただ、すごくすごく落ち着いて、しあわせな気持ちになる。

 もし紫が、ずっとわたしを、ぎゅーってしてるなら。

 ずっと、そうされてるのも、悪くないかもって少しだけ思う。

 そのくらいわたしは、紫に包まれるみたいにして、安心してしまう。

 ほんとうに。

 ほんとうに、不思議なくらい。

 紫の中でまどろんで。

 あったかいかも冷たいかも。

 どっちなのか、よくわからない。

 あったかくて、冷たいのかも。

 そんな、変な場所で。

 ずっと、そうしていたくなる。

 いつまでも、いつまでも。

 しあわせな夢を、みていたくなる。

 でも、夢は、そのうちさめる。

 わたしが自分で、起きることもある。

 紫がわたしを、やさしく起こすこともある。

 どっちにしろ、さめることだけは、ちゃんと決まっている。

 紫は、そんな具合で、いろいろと、あんまり変わらない。

 いつでも決まって、決まらないやりかたで、ぎゅーってしてくる。

 アリスとか、レミリアとか、そのあたりもあんまり変わらない。

 いちばん変わったのは、たぶん魔理沙。

 正面から、ぎゅーってしてたのが。

 いつのまにか、後ろからになってる。

 後ろから、まっすぐ、ぎゅーってしてくる。

 それで、私の髪の毛に、顔を埋めるみたいにする。

 顔が見えなくてなんとなく落ち着かないし、前の方が好きだけど。

 そのあとも魔理沙は少し変わって、そのうち、後ろから肩を抱くだけになった。

 変わったといえば、早苗もそう。

 昔は、まず、わたしの胸におでこをこつんと預けて。

 わたしの身体に軽く両手を回して、ぎゅーってしてたけど。

 いつのまにか、後ろから、わたしの背中におでこをこつんとやるだけになって。

 べつに、二人とも、なんにも、気にしなくていいのに。

 そんなとき、なんとなく、咲夜のことがわかったような気になる。

 わたしや魔理沙を、年下みたいに扱って。

 冷たいもの中毒にも、ならないでいった咲夜。

 たとえば魔理沙が後ろにいるとき、ぐるりと身体を回してやって。

 むりやり向かい合って、ぎゅーって、抱き締めてやったりする。

 魔理沙は、もう、わたしと違って、小動物みたいにちっこくないけれど。

 魔理沙の身体は、昔より、少し冷たいものになってるけれど。

 それでもやっぱり、魔理沙が正面から、力いっぱい、ぎゅーってしてきたら。

 あったかいし、安心する。

 不思議と、たったそれだけで。

 しあわせな夢が、みられそうな気がする。

 しあわせな目覚めが、むかえられそうな気がする。

 魔理沙に、ぎゅーってされて。

 紫にも、ぎゅーってされて。

 二人に、ぎゅーってされて、安らいで。

 まどろみの中に、わたしはいた。

 そこでは、あったかかったり、暑かったり、冷たかったり。

 いろんなやつらに、ぎゅーってされていて。

 いろんなやつらを、ぎゅーってしていて。

 ぜんぶひっくるめて、やっぱり、あったかい夢の中にいた。

 いつまでもみていたいような、素敵な楽園の夢の中にいた。

 わたしは、わたしが想うすべてのものを、ぎゅーってしてきた。

 わたしは、わたしが想うすべてのものに、ぎゅーってしてもらってきた。

 夢がさめる前、わたしは最後に、もう一度だけ。

 わたしを、ぎゅーってしてくれてきたすべてのものに、ぎゅーってした。

 それでもう、ぜったいに忘れないように。

 わたしに夢をみせてくれたすべてを、忘れないように。










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