Q.もしも、世界を思い通りにできる力を持っていたら、何に使いますか?



  ◆  ◆  ◆



 霧雨魔理沙はいつものように、博麗神社の縁側で、博麗霊夢の隣に座っていた。
 ここに来るのに、特に理由はいらない。既に習慣になっているのだ。(──と、以前ならば言えたであろう。今は違う。)
 隣で、ずずずと音を立てて茶をすする霊夢の、その顔をちらりと見やる。この巫女は、本当に幸せそうにお茶を飲む。昔っから変わらない。(しかし、それを昔から見ている魔理沙の方は、少しずつ変化を遂げているのだ。見とれそうになるのを誤魔化すように、魔理沙は口を開いた。)

「なあ霊夢、お茶菓子が足りないぜ。煎餅か何かないのか?」
「煎餅なら昨日あんたが全部食べちゃったでしょ。文句があるなら自分で持ってきなさいよ……まったく、こうやってお茶出してもらってるだけでもありがたいと思ってよね」

 多少不機嫌な様子の霊夢に、魔理沙は「むぅ……」と唸って、自分の湯飲みを掴む。そして満たされている茶の薄さに、眉をひそめた。
 薄い。あまりに薄い。これではほとんどお湯のようなものではないか。

 魔理沙はまた、霊夢に目を向ける。満足げに湯飲みに口をつけている霊夢。(ふとすると、魔理沙の目は、湿った霊夢の唇を追いかけてしまう──が、いま考えるべきはそこではないと、なけなしの自制心を発揮する。)
 その湯飲みの中には、果たして自分のそれと同じものが入っているのだろうか。こいつは本当に、こんな出涸らしの中の出涸らし、まるっきりただのお湯のような液体に、顔をほころばせているのだろうか?

「なぁ、霊夢」
「うん? なによ」

 ゆらりと近寄って来た魔理沙に、霊夢は軽く身を引かせる。魔理沙はその隙を見逃さなかった。

「ちょっとその茶見せろ!」
「わ、ちょ、ま、なにすんの!?」

 素早くしかし丁寧に、霊夢の湯飲みを奪い取る。そして中身を確認すると、それはどう見ても、自分が飲んでいたものとは違う。ちゃんと色のついた液体だった。(だがそれよりも魔理沙の心を捉えたのは、この湯飲みを霊夢が使っていたという事実である。間接キスという単語が魔理沙の脳裏をよぎる。霊夢はすぐに湯飲みを取り返そうとするだろう。逡巡は一瞬。)
 魔理沙は湯飲みを口につけ、一息に傾け──ごくごくごっくん、と中身を飲み干してしまった。「あーーーーー!!!!」と霊夢の悲鳴があがる。

「なにすんのよ……うう、私のお茶……」
「客にお湯出して自分だけまともなお茶とは、やってくれるじゃないか霊夢」
「うっさいなもう……わかったわよ、ちゃんと入れてくればいいんでしょ……」

 ぐずりながら立ち上がり、魔理沙から湯飲みをひったくると、幽鬼のようにふらつきながら台所へ向かう霊夢。魔理沙はそれをひらひら手を振って見送った。一人になった魔理沙は、ふと空を見上げた。(心の中にあるのは、霊夢が持っていってしまった湯飲みのこと。熱いお茶が口内に流れ込んでくる寸前、唇に触れた温い液体のこと──そこまで思い返して、あんまりにもあんまりなことを考えていると気づいた魔理沙は、茶を取られて涙目だった霊夢へと思考を切り替える。ああいう霊夢もかわいいなあ……などと思いながら、ぼんやり空を眺めるのであった。)



  ◆  ◆  ◆



 Q.もしも、世界を思い通りにできる力を持っていたら、何に使いますか?

 A.レイマリ。



  ◆  ◆  ◆



「……ふう」

 博麗神社の様子を隙間で覗きながら、八雲紫は満足げに溜息をつく。レイマリ(霊夢×魔理沙)派の彼女は、魔理沙の霊夢への淡い恋慕を存分に楽しんでいた。

 ──無論、妄想の中で、である。

 誰であろうと、自身の妄想の中の世界は思い通りにすることができる。妄想の中である限り、どんなことだってできる。神社での、幼馴染二人の、普段どおりのなんてことない一幕も、彼女の紫色のフィルターを通して見ればマリレイほのぼのに早変わりである。

 現実での魔理沙は、そんなこと考えていないかもしれない。長い付き合いの魔理沙と霊夢。それに、なんだかいろいろとぐちゃぐちゃになる酒飲みの場だって、一度や二度となく経験している。間接キスなんて今さらという感じで、まったく気にしていないかもしれない。
 だが! だが、それは『かもしれない』なのだ。もしかしたら、そう思っているかもしれない──そう、妄想することはできる。
 それは『可能性』である。『可能性』がある限り妄想の魔は生きていける。たとえば魔理沙が「霊夢はただの友達だぜ」と公言したところで、訓練された八雲紫は「ツンデレ乙」の一言で済ませるだろう。
 そう、魔理沙が何を言ったところで、それが嘘だという『可能性』が生み出される。それで紫は、もう大丈夫だ。……さとり妖怪? 帰れバーカ!!

「……紫様。お茶が入りました」
「ん」
「……また神社の覗き見ですか? いい加減に……」
「あと五分だけ……」
「……はぁ」

 適当に手を振って式を追い出す。
 もちろん五分で終わるわけがない。さっきまでは魔理沙視点だったから、今度は霊夢視点にしてみようか。実は間接キスを気にしている霊夢、気にしてないように見える魔理沙に不機嫌になって……などと妄想を膨らませていた八雲紫は、不意に、不穏な気配を感じ取った。

 空を眺めていた魔理沙も、それに気づいたようだ。神社にそれぞれ別々に向かってくる、二つの影。その正体を察して、紫は思いっきり舌打ちをした。
 十六夜咲夜と、東風谷早苗。咲マリ派とさなまり派の刺客だ。もちろん咲夜と早苗、本人達にはその気は無い。……無い、はずだ。
 紫の歯が、ぎりと音を立てる。もしかしたら、『可能性』は──『可能性』は、あるのかもしれない。少なくとも、今の紫がレイマリの『可能性』を楽しんでるのと同じように、咲マリとさなまりの『可能性』を楽しんでいる忌むべき輩はいるのだ。二人が神社に来たのも、奴らの差し金だろう。

 咲マリ急進派首領、レミリア・スカーレット。
 さなまり教教主、洩矢諏訪子。

 この二勢力に比べて、レイマリは数の力では勝っている。
 そして、だからこそ、この二勢力は手を組んで、紫を潰そうとしに来ているのだ。

(ハロー、八雲紫。ご機嫌いかが? ククク……)

 紅の思念が。レミリア・スカーレットの声が忌々しい脳裏に響いてくる。
 わざわざ話しかけてくるんじゃねえよ……と思いながらも、無視してしまっては逃げたように思われるだろう。

(あなたのおかげで最悪だわ。子供はさっさと帰って寝なさい)
(あはは、酷いこと言うね、八雲殿。まあまあ落ち着いて……ケロケロ)

 緑色の意志は、洩矢諏訪子。一見すると間に入って仲裁しているかのようだが、この女も紛れもない敵だ。
 今日もまた二人して、ご丁寧にも妄想を思念の形にして送り込んでくる気らしい。

(喧嘩はよくないよ? ほら仲良く仲良く)
(ふん、白々しい。そういうことは、その汚い妄想をこっちに垂れ流すのをやめてから言ってほしいわね)
(あら、うちのさなまりが気になるの? それはそれは。レイマリなんて脆弱な妄想しかできない賢者様に、悪いことしてしまったかね……)
(今なんつったコラ)

 しかしそんな罵りあいをしている間に、咲夜と早苗が地に降り立ち、霊夢も戻って来た。レミリアと諏訪子がぴたりと黙る。
 ここからは、レミリアと諏訪子の思念──咲マリ、さなまりの妄想が混ざってくるだろう。紫はまた舌打ちをしながら、神社の光景を映す隙間へと向かい直った。



  ◆  ◆  ◆



「あん? 咲夜に早苗……あんたたちまで何しに来たの?」(二人の姿を認めて、霊夢は僅かに苛立ちながら──しかしそれを押し込めた。魔理沙と二人きりの時間を邪魔されたからといって、それを表に出してはさすがに神経過敏かと思った。)
「お嬢様が、神社へ行って来いって言うのよ。なんだかよくわからないけど」(嘘である。主人が昼間は寝ていること、時間を止めれば仕事なんていつでもこなせるというのをいいことに、咲夜は仕事をサボり、想い人がいるであろう博麗神社へやって来たのだ。)
「あ、私もそんな感じです。諏訪子様が、博麗神社へ行って来いって」(それは事実だが、事実ではない。早苗の気持ちを察する諏訪子が、応援な意味で、博麗神社に行けと言ったのだ。)
「……なにそれ。二人とも暇人ね」

 両手にそれぞれ湯飲みを持った霊夢は、呆れたというふうに溜息をつく。(用事もないのに来るなよ、という言葉はなんとか飲み込んだ。用事もないのに毎日のように神社に来る、来てくれる魔理沙を慮ったのだ。)
「お茶は出ないわよ。めんどくさい」(だが、そんな連中をわざわざ歓迎してやることもないだろう。霊夢ははっきりと言った。)
「ああ、おかまいないく」(恋敵である霊夢のささやかな抵抗に、咲夜は思いっきりカウンターを叩き込んだ。)
 咲夜がにこりと笑んだ次の瞬間、霊夢、魔理沙、早苗の三人は胸の前に片手を出し、湯飲みを握っていた。(咲夜が時間を止めて茶を入れてきたのだろう。思い至った霊夢は、自分の手にあるのが確かに自分の湯飲みであることを確認して、安堵する。なぜならこの湯飲みは──ついさっき、魔理沙が口をつけたやつなのだ。)

「勝手に入れさせてもらいますから」(霊夢涙目である。咲夜が来た以上、レイマリの時間はこれで終わり。ここからは咲マリの時間なのだ。)
「って、うちのお茶っ葉じゃないの! まったく……」
「お茶菓子も用意しておきました」
「咲夜!」(言いながらも、湯飲みさえ変わっていないなら、とどこか妥協してしまう霊夢であった。)

 いつのまにか魔理沙の隣には、煎餅が十二枚ほど乗った一枚の皿が置いてある。これが咲夜の土産などではなく、神社に貯蔵されていたものであるのは明らかだ。
 魔理沙は一枚手に取りながら、霊夢にじっとりした目を向けた。(もちろんこれも咲夜の作戦である。先ほどの二人の会話を、瀟洒たる咲夜は超々遠距離から聞いていた。霊夢に対する魔理沙の信頼を損なわせるためにわざわざ煎餅を出してきたのである。もはや勝負は決したと言って良かった。)

「さっきは無いって言ってたと思うが」(言われて、霊夢はどきりとしてしまう。後で魔理沙がお腹すいたと言い出したくらいで、仕方ないなあなんて言いながら出してあげようと思っていた──なんて言えるわけが無い。ちょっと泣きそうになりながら、霊夢はなんとか虚勢を張った。)
「ふん。魔理沙にあげる煎餅なんて無いってことよ」
「ケチ巫女」(二人が話しているあいだに、早苗は魔理沙の隣に座った。)
「うっさい」(霊夢がダメージを受けているうちに、咲夜は魔理沙の隣をさっさと確保する。霊夢はひとり立ちんぼであった。)

 憎まれ口を叩く二人。早苗と咲夜は魔理沙の両脇に腰を下ろし、その様子を見てくすくす笑うのだった。(魔理沙にケチ呼ばわりされ、咲夜と早苗に魔理沙の横を取られた霊夢は、悲しみに包まれていた──。)



  ◆  ◆  ◆



「ちくしょおおおおおおおおおお!!!!」
「どうしました、紫様!?」

 いきなり奇声をあげた紫にすわ異常事態かと、八雲藍がそのそばに降り立つ。
 紫は血走った目で神社の光景を見つめながら、髪の毛をバリバリかきむしっていた。

「何があったのですか、紫様」
「耐えられない……耐えられないわ……これを見ながら咲マリやさなまりを考えている奴がいるなんて……その存在が耐えられない……!! ちくしょう、せっかくレイマリ天国だったのにわざわざ咲夜と早苗を派遣しくさって……!!」
「うん……? あー、いやまあ別にいいじゃないですか。見たところ咲マリやさなまりな雰囲気ってわけでもなし」
「藍、あなたは何もわかっていない……こうして、奴らと魔理沙が一緒の空間にいて、妄想が可能。それすなわち『可能性』だわ」
「はあ」
「『可能性』を生み出しただけでアウトなのよ」

 特に、微妙に紫のレイマリ妄想に近い形で展開されている咲マリ妄想がうざったくて仕方が無い。
 だいたい、基本的に霊夢はツンなところがあるのだ。そこがまたかわいいのだ。当然ながら紫はそれをデレへと変換するが、敵対勢力は霊夢のツンをわざとそのままに解釈することで、霊夢は魔理沙を煙たがってるなどと妄想し、レイマリを滅ぼそうとしてくる──。

「──いいわ」

 紫の眼が、昏く輝く。
 こいつらを殺菌消毒するためには、妄想(二次元)でちびちびやるのではなく、事実(三次元)で押し潰してしまうのが手っ取り早い。少しだけ、少しだけなら構わないだろう──ぶつぶつと呟く。

「お前たちが何でも妄想するというなら──まずはその幻想をぶち殺す」
「……いや紫様、あんたがそれ言っちゃまずいでしょ。幻想郷は何でも受け入れる的な意味で」
「ぶち殺す」
「言っちゃまずいでしょ」

 ──それは禁忌への第一歩であった。



  ◆  ◆  ◆



「で、何の用も無いのにやってきたあんたらは、いつまで居座ってるのかしら」
「そうだそうだ」
「魔理沙、あんたもよ」
「冷たいやつめ」

 ふん、と魔理沙は鼻を鳴らす。実際、霊夢はそんなことを思ってはいないはずだ。それはわかっている。でも、もう少しくらい優しくしてくれたって──と、霊夢が好きで好きでたまらない魔理沙は思うのである。
 一方霊夢も、そんな魔理沙の、捨てられた子犬のような目に、胸をうずかせた。魔理沙だけは、後で帰ろうとしたときにでも、用事があるとか言って呼び止めてやろう。そして何か適当な理由をつけて泊めてやるのだ。つまるところ霊夢もまた、魔理沙が好きで好きで仕方なかった。
 そして、二人はもう明らかにラブラブだったので、咲夜と早苗は気を利かせて、そろそろ帰ろうかななどと思い始めるのであった。霊夢と魔理沙、二人きりの夜がこれから始まる……。




  ◆  ◆  ◆



「ゆ、紫様! これは……!」

 さすがの藍も、この事態には驚かざるを得なかったらしい。いやむしろ、引かざるを得なかったらしい。

「なーにー? 藍、どうかしたかしらー?」
「やめてください気持ちわr……じゃなくて、白々しい! 紫様、今……操作しましたね!? 地の文を! ()が付いていない! これは『妄想』じゃなくて『事実』への介入と改変……ああしかも、三人称一元で霊夢→魔理沙や魔理沙→霊夢だけを事実にするってならまだしも! 三人称多元で、レイマリを完全確定させつつ咲夜と早苗を排除までするがっつきっぷり! これはひどい! これはいくらなんでもないですよ!」
「なーんのことかしらー?」

 事実の改変。自分の好きなように、世界を──二次元ではなく三次元世界を捻じ曲げる。境界操作の能力が、紫をこの世界の神、幻想郷という世界に接続する神の次元へと押し上げたのだ。
 それは、罰する法こそ無いものの、妄想戦士としては明らかにマナー違反と言えるものである。しかし紫は、自身の行いを特に問題とは考えていなかった。と言うより、開き直っていた。
 いくら改変が加えられたといっても、起こってしまった『事実』は『事実』でしかない。しらばっくれてしまえば証拠など残らないのだから。
 そう。紫は事態を甘く見ていたのだ。

(ククク……とうとうやったね、八雲紫)
(事象の改変……レイマリに狂ったあんたはついにルールを破った。ケロケロ……)
(あらあら、何のことかしら……あれは、ただの事実。実は霊夢と魔理沙は相思相愛だったという、ただそれだけのこと。私がそうなるように改変したという証拠が、どこにあるというの?)
(ククク、そうだね……事実の改変に、証拠は残らない。ああところで八雲紫、知っているかい?)
(何を?)
(──私の能力が、『運命を操る程度』のものだということを)
(…………あ。そういやそうだった)
(ああいや、まさか、それを使ってどうのこうのなんてことはしないさ……まあ、仮に、万が一そういうことをしたところで、証拠なんて何も残らないだろうけどね)
(ぐっ……)

 面倒なことになった、と紫は唇を噛んだ。
 『運命を操る程度』──仮にそれが事実改変を可能とする能力であったとして、現状、不利なのは紫だ。
 事実改変したところで証拠など互いに残らないが、もしも第三者にこの争いのことを知られてしまった場合、先に手を出してしまった紫の立場が悪いだろう。この先レミリアが力を振るおうと、『紫の不正な事実改変に対抗するため』という大義名分があることになってしまったのだ。

「怒りに我を忘れて、レミリアの能力のことが頭からすっとんでいたわ……たいした奴ね。向こうの作戦勝ちだわ」
「ソウデスネ」

 どうしたものかと頭を回転させる紫。だがその思考を、もう一つの声が遮る。

(ああちなみに八雲殿、もう一つ聞いておいてほしいことがある。私の能力だが──)
(ああん? 何ようるっさいわね……坤を創造する程度の能力、だったかしら? それがどうかしたんでちゅかー?)
(ムカっつくねあんた……まあいい。さて、その坤というのが地を表しているってことくらい、あんたは知っているだろう?)
(……それがどうかしたの?)
(つまり私の能力は『地を創造する程度の能力』と言い換えられる──そう、地の文を創造する程度の能力さ)
(え、なにそのこじつけ)
(さあ、黙ってさなまりに蹂躙されるが良い!!)

 諏訪子の思念が途切れる。こうなってはもう考えても仕方が無い。すぐにでも、神社を覗いて事実を改変する戦いが始まるだろう。
 紫は気合を入れなおし、隙間を覗き込んだ。



  ◆  ◆  ◆



 でもやっぱり霊夢は魔理沙と一緒にいるのにいい加減飽きていたので、今夜は早苗と一緒にいることにした。早苗はちょっと神経質なところもあるけど、ご飯は作ってあげるし掃除もしてあげるしお茶も出してあげるし、それに信仰を集めるのも真面目にやるので、博麗神社にもお賽銭が集まるようになるはずだ。というわけで霊夢は早苗とくっついてちゅっちゅしたり吸血したりなんかいろいろやった。HAPPY END. お幸せに。

 さて肝心の咲マリであるが、霊夢に追い出されたかわいそうな魔理沙を咲夜は受け入れた。そして拒むこともしなかった。霊夢と早苗がくっついたのもあって、魔理沙はなんとなしに、咲夜の元へ足を運ぶことが多くなっていった。
 魔理沙というのは行くあてのない寂しい子犬のようなもので、咲夜はというと、これまた住処と主を除いて何も持たない寂しい犬のようなものだった。
 魔理沙にとって、帰るべき上位者がいることは。咲夜にとって、養うべき妹分がいることは。それぞれ心の安定に繋がったのだ。
 あるいはこの姉妹のような関係性を二人ともが自覚していたならば、二人はそのままただの姉妹で終わったかもしれない。しかし二人は外面的にも、各々の自覚としても、あくまで対等の関係にあった。並び立つ他者であった。
 そして恋とはおそらく、家族にするものではなく、隣を歩く誰かに寄せるものであったのだ。

 十六夜咲夜は、紅魔館のメイド長という重責の隙間を縫うようにして、小さな魔女に心を許していった。
 霧雨魔理沙は、自身のすべてである恋色の魔法を、ただ一人のためのものへと、少しずつ、ほんの少しずつ、変えていった。




  ◆  ◆  ◆



「ウウウオアアーーーーー!!!!」

 紫が隙間を覗いた瞬間、恐ろしいまでの情報量──レミリアによって捻じ曲げられた『運命』の情報が、紫の脳内に入り込んできた。霊夢と早苗がくっついているところからして、おそらくは諏訪子すら出し抜いて、レミリアは凶悪なる先制攻撃に出たのだ。

「ていうか、ほんの数十秒でここまでやるなんて……あンのお子様吸血鬼、最初からこういう話のネタ考えてたわね……!? こんなことに使うくらいならちゃんとSSなりなんなり作品にして大衆に発表してやりなさいよ、バカ野郎……!! ……まあ私は見ないけど」
「紫様、たまには他カップリングのSSにも目を通しましょうよ……蓮夢(蓮子×霊夢)とか」
「そんなカップリングのSS見たこと無いわよ!?」
「無いならお前が作れよ!!」

 なぜか逆ギレされた。いや、そもそもこんなことを言っている場合ではない。レミリアの運命操作に対応しなければならないのだ。

「ぐっ、まだまだ……まだ逆転のチャンスはあるわ……」

 どうやらレミリアの操作は未来にまで渡っている。
 だが、それこそあのメイドでもなし、未来の方向性を示したところで、時間が飛んだりして一瞬でその未来にたどりつくというわけではない。
 つまるところ、まだ、『でもやっぱり霊夢は魔理沙と一緒にいるのにいい加減飽きていたので』が展開されている最中なのだ。修正は間に合う。
 そんなことはレミリアもわかっているだろうから、先ほどのはあくまで紫の勢いを挫くためのものであり、そしてその役目に関しては十分に果たしているのだった。パンと頬を叩き、紫は気を張りなおす。

 「蓮夢! 蓮夢書けよ! 蓮メリゆかれいむの三角関係誰か書けよ!」と喚く藍はさておき、紫は覚悟を決めて、隙間に向き直った。



  ◆  ◆  ◆



 でもやっぱり霊夢は魔理沙と一緒にいるのにいい加減飽きていたのでここは新たな刺激が必要だと考えて魔理沙との関係を変えるべく結婚してみることにして「ねえ魔理沙、そろそろ私達けりをつけましょう」などといきなり言い出したが魔理沙にはよくわからず、早苗は「霊夢さんと一緒にいるのが飽きたなら私といましょう」と言った。……だが霊夢は無視してその隙を付いていきなり魔理沙に襲い掛かってきたので危険を察知した咲夜が間に入って身代わりになって死んだ。が、それは残像だ。咲夜は霊夢の背後に回っていてその首をかっき的なナイフ型マッサージ器で角質を削り落としてあげたら霊夢はもっと綺麗になって魔理沙は惚れたなんてことはもちろん無く咲夜のナイフによって霊夢は致命傷を早苗は咲夜が死んだその隙を突いてちょ、死んでないって言ってんでしょ! さっきから思ってたけどあんた反応速度とタイピング速度遅いのよ! チャットで取り残されるタイプでしょ! 隙あり! え〜、もちろん霊夢は致命傷なんて負わずに背後のメイドに肘うちを食らわせた、それがメイドの胸に奇妙なまでにめり込んだことで彼女の偽乳が発覚し、魔理沙は幻滅するはずもなかった。なぜなら魔理沙はナイチチ派であったからであり、残虐非道な行いをした霊夢に「霊夢、最低だな。それに今さらメイド長の胸ネタとか、さすがにババァは化石のようなネタをおいなにどさくさに紛れて人のことディスってんだてめえ! ddd誰がチャットおで取り残されるってえそんんなわけてめーは遅ぇ上に誤字ってんだよぉ!! ……あっ



  ◆  ◆  ◆



 魔理沙が「霊夢、最低だな。それに今さらメイド長の胸ネタとか、さすがにババァは化石のようなネタをおいなにどさくさに紛れて人のことディスってんだてめえ! ddd誰がチャットおで取り残されるってえそんんなわけてめーは遅ぇ上に誤字ってんだよぉ!!」と言ったあたりで、現実への操作が限界に達した。三人ともが──主に紫とレミリアが──好き勝手やりすぎて、神社の空間の因果性がめちゃくちゃになってしまったのだ。
 霊夢たちは気絶してその場に倒れ伏している。もうしばらく待って世界が再び安定を取り戻さなければ、紫もレミリアも諏訪子も、神社における事実改変は不可能である。
 紫は、ほうと溜息をついた。二人に思念を飛ばす。

(こんなことやってても埒が明かないわ。──直接、決着をつけましょう。神社の上空で待ってるわ。咲マリもさなまりも……完膚なきまでに叩き潰してやる)

 返事は無かったが、同意の気配が伝わってくる。
 妄想のぶつけ合いは、ついにリアルファイトに発展してしまったのだ。

「紫様……」

 蓮夢病から回復したらしい、頼りになる式が、気遣わしげな表情を向けてくる。
 紫は笑顔を作った。

「藍……私は負けるとは思わない。けれど、もしも万が一があったら……その時はレイマリをお願いね。あとついでに幻想郷も」
「……わかりました。霊夢はちゃんと、蓮子が幸せにします」

 もう言葉はいらなかった。決戦の地へ向けて、隙間を開く。
 最後の一歩を踏み出す瞬間、ふと思いついた。紫は振り返る。

「私……この戦いから帰ってきたら、レイマリ本作るんだ」
「紫様……!!」

 淡い笑みとともに、紫は隙間の中に消えた。



  ◆  ◆  ◆



「コラーーーッ! 二人ともやめなさ〜〜〜いっ!!」

 紅魔館。統制を取るメイド長が不在なのもあってか、職務を放り出して喧嘩をしていた妖精たちと──それを止めるレミリアの姿があった。

「いったいどうしたのよ?」
「こいつが先に殴ってきたのよ!」
「ちがわいッ、こいつが私のおやつを……!」
「何だとこいつーーーッ!!」
「やめなさいーーーっ!! 暴力を友達にふるうなんて……いけないわよ! そんなことじゃあ二人とも地獄に行けないわよ!!」
「えぇぇ〜〜〜ッ」
「レミリアさまッ、ごめんなさいごめんなさい〜〜〜ッ」
「いい? 暴力を振るって良い相手は──天子共と異教徒共(非咲マリ派)だけよ」




 レミリアは……無邪気にカップリング談義をするメイド妖精たちを見つめていた。大チル派もレティチル派もバカルテット派も……そこでは無邪気に自身の正義を語り、談笑している。これから殺し合いに赴こうとしている自分とは大違いだ。

「レミィ……本当に行くの?」
「パチュ……」

 親友の魔女が、いつのまにか隣に立っている。「そうまでして戦う必要があるの?」
 出会ってからもう百年近く。知識と知恵を持ったこの友人に、レミリアは何度となく無茶を戒められてきた。その言葉に従うことも、無かったわけではない。
 でも、今回だけはダメなのだ。レミリアは、ゆっくりと首を振った。

「パチェ……あなたはたしか幽アリ派だったわね。そんなあなたが、たとえば、幽メディを認められる? 幽アリ以外の存在を認められる?」
「わからない。レミィ、あなたがわからないわ。幽メディアリでいいじゃない。三人仲良くでいいじゃない」
「……残念だわ、パチェ」
「レミィ!」
「ごめんパチュ。……もう止まれないのよ」

 小さな翼をはためかせ、レミリアの体が宙に浮く。既にその目は博麗神社を向いていて、もうどうやっても止められそうにはなかった。
 だが──レミリアは振り返った。親友に、どこかばつの悪そうな、泣き出してしまいそうな苦笑を向けた。

「一つだけ……最後に謝っておこうかな。私……いつのまにか、あなたのことをどう呼んでたか忘れちゃってた。パチュリーだかパチェリーだかパチュだかパチェだかパチェアリだかパチュこあだか、もうわけがわからなかった。わからなかったから、そのときそのときで適当に呼んでた。あなたは気づいてなかったみたいだけど……ごめんね、今まで黙ってて」

 それだけ言って、レミリアは風になった。
 紅い光のように、神社へと一直線に飛んでゆく親友。最後まで世話のやけた友人に、彼女は、くすと笑って言葉を残した。

「ばか。知ってたわよ、そんなの」

 帰ってきたら、ちゃんと名前を教えなおしてやろう。
 レミリアにパチュとかパチェとか適当に言われているうちに自分でもこんがらがってきていたが──たぶん、パチェリーだったはずだ。

「ちゃんと帰ってきなさいよ」



  ◆  ◆  ◆



「神は言っている──さなまりを信仰せよと」
「……言ってるね、たしかに。……なあ諏訪子、どうしてこんなことになっちまったんだ?」

 神奈子は、決戦に赴こうとする諏訪子の方を掴んで放さなかった。
 これがおそらく、暴走してしまった諏訪子を止められる最後の機会なのだ。

「あんな──『地の文を創造する程度の能力』なんてこじつけて、事実の改変にまで手を出して……なんでさ。昔のままでよかったじゃない。ふとしたときに早苗と魔理沙の絡みを妄想して、時には作品にして投稿したり……」
「……よぉ」
「え?」
「文才が! 無いんだよぉ……!!」

 諏訪子は泣いていた。神奈子が、おそらく初めて見るくらいに慟哭していた。「私なんかじゃあまともなさなまりができない……さなまりは絶対数も少ないし、このままじゃあ埋もれて途絶えていってしまう……!!」

 だが。
 その泣き顔が、壊れて歪むのを神奈子は目の当たりにした。

「そこでね、考えたんだ。さなまり以外が全て滅べばいいんじゃないかって」
「待て諏訪子! それは危険思想だ! 好きじゃないからってわざわざ貶めて滅ぼして、それで何になるんだ……!!」
「何にでもなるさ。さなまり以外が滅べば、残ったものは必然的に全てさなまりになる。全ての作品がさなまりで埋め尽くされる……それが私の夢なんだ……」
「常識で考えろ、そんなことになるわけない!」
「ううん、なるよ。だって私は『自分を信じている』もん。自分を信じて『夢』を追い続けていれば──夢は必ず叶う!!」
「諏訪子……!!」

 ドス黒い笑顔に神奈子がひるんだその隙に、諏訪子は手を振りほどいて、飛び去ってしまった。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。好きではないものを滅ぼそうとしたところで、誰も幸せにならないだろうに……なぜ好きでないものを滅ぼそうとするそのパッションを、好きなものへの愛として注ぐことができないのだろうか。
 神奈子は無力感にうちひしがれた。



  ◆  ◆  ◆



 さあ、そろそろこの滑稽な悲劇──あるいは喜劇にオチをつけよう。



 三人が神社の遥か上空で死闘を繰り広げている中。
 神社を訪れる新たな影があった。

「魔理沙、いるー? ……って、何で地面で寝てるの。霊夢に、咲夜に、早苗まで。んーまったく、おーい魔理沙、起きなさいよ」
「ん、うんん……アリス」
「起きたわね。なんであんたら寝てるの?」
「いや、急に気が遠くなって……なんか変な夢を見ていた気がするな」
「まったく。ほら、さっさと起き上がりなさい」
「うーん、なんだか身体が重いな。アリス、膝枕してよ」
「はぁ? ……ったく、もう……」

 紫、レミリア、諏訪子は自身の妄想のためにすべてを投げ打ったが──妄想は所詮妄想。
 この世界の真実、『事実』として在ったのは、魔理沙×アリス。MARIARIである。
 妄想は現実には打ち勝てない。彼女達は幸せにもこの『事実』を知らず、ひたすらに戦っているが──これを知った時、果たしてどうするのか。『事実』に反逆して、妄想の中で生きていく? それとも、誰かと戦っているわけでもないのに、『事実』を改変して、世界を都合のいいものに変えてしまう……?

 その答えはわからない。しかし、一つ確実なことがある。それは──

(どうでもいいからこいつら早く帰らないかなあ。もし紫が来たときに二人きりじゃなくなっちゃうし……)
(はぁ、お嬢様のもとをこんなに長く空けてしまうなんて。寂しくて泣いてなければいいけど)
(諏訪子様、なんだか様子がおかしかったけど、大丈夫かな……?)

 ゆかれいむも、咲レミも、さなすわも。
 彼女たちはすぐ手の届くところにある、三次元での幸せの可能性に気づかず、二次元で哀しい争いを続けているということである。

 二次元に傾倒しすぎて、三次元のフラグを見過ごしていることは無いだろうか?
 二次元に全てを捧げすぎて、三次元で犠牲になっていることは無いだろうか?

 本当に大切なものは何なのか──よく考えなくてはなるまい。
 
 
 
 




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