【おはよう魔理沙人形】

 なんかどこかの小説で見たそれっぽい台詞を酒の席で適当に言ってみたら、「その手があったか」なんて魔理沙が言っていた。
 そして翌朝、目覚めた私は、赤いリボンを髪に結び、姿勢を正して「マリサー!」と満面の笑みでいる等身大魔理沙人形を目の当たりにする。

「オハヨウダゼアリス。ワタシ、マリサニンギョウダゼ」
「夢……?」
「ユメジャナーイ」
「おやすみ」

 現実を見据える勇気が出なかった。なので寝直そうと思ったが、それもできなかった。魔理沙人形が「アリスネルナー」とダイブしてきたからだ。
 それが上海や蓬莱をはじめとする人形たちならば無視して二度寝を決め込んだかもしれない。だが相手は魔理沙サイズなのだからダイブなんてしたらその質量は凶器でしかない。

「ごふっ」

 鳩尾に入った。肘。肘である。
 しかもそれに留まらない。私の上でじったんばったん暴れて、胸に顔を押し付けてくる。
 目が覚めるなんてものではない。私の意識は完全に覚醒して、むしろ一周して遠のいていった。




 【もみもみ魔理沙人形】

「アリスーアリスー」
「ワタシハアリスノニンギョウナンダゼー」
「アリスノニンギョウダカラズットイッショニイルンダゼー」
「コウヤッテスリスリモデキルンダゼー」

 すりすり。すりすり。
 と魔理沙人形は口にしているが、実際のところこれはもみもみである。もみもみ。もみもみ。人の胸を顔面で揉むなんてなかなか器用なことだ。
 そのうち胸が湿ってきた気がしたので蹴っ飛ばした。

「ナニスルンダゼー」
「ああ、ごめんね魔理沙、つい……。それにしても、本当に魔理沙が人形になるなんて。どうやったの?」
「キセキダゼー」

 改めてその身体に触れてみる。髪はさらさら、頬はぷにぷに。くりくりした目や吐息、潤いを持った肌など、とても人形とは思えない。味も見てみたが、上から下から中に至るまでまるっきり魔理沙味だ。こんな人形を作る技術があるなんて信じられない。奇跡とは技術を超越したものなのかもしれないが……悔しい。こんな人形を作る技術があるなんて、信じたくない……。

「はぁ。……よし、とりあえずあれね、晴れて私の人形になった魔理沙に、まずはご飯でも作ってもらおうかしら」
「ハァ、ハァ……アリス、ワタシモウツカレタ……」
「ええ? まったく人形のくせにだらしないわね」
「アリス、ゴメン……」

 ……おや、意外と殊勝だ。人形になったことで、やはり主人に対する忠誠心的なものが生まれたのだろうか。嬉しいような気もするし、物足りないような気もするし、なにかこう、そそられる感じもする。息を荒らげて目に涙を浮かべてこっちを見ているあたり、私の中のイケナイモノがいろいろと刺激されるのである。

 総合的に見て、ディ・モールト良い。




 【分解! 魔理沙人形】

「しょうがない、まだ最初だし……とりあえずご飯は私が作るとします」
「アリス、ワタシノブンモ……」
「え? 人形なのにご飯食べるの?」
「ウン」

 ますますもって興味深い。まるで人間のようにものを食べる人形……神の奇跡は私の試行錯誤のはるか上を行っているようだ。
 それに、表情の変化も。普段の魔理沙と違い、魔理沙人形は帽子をつけずに赤い大きなリボンで髪を縛っているのもあり、私が使っている人形たちをそのまま大きくしたような外見だ。しかし、私の人形たちとは──人間味と言おうか、感情の表出や些細な動作などが驚くほど詳細に再現されている。いったいどうしたらこんな人形を作れると言うんだ。何かのインチキに違いない。何かのインチキであってほしい。

「ねえ魔理沙」
「ナンダゼ」
「私の研究を進めるために分解されてくれない?」
「エ、ヤダゼ」
「そこをなんとか」
「ダメダゼ。ブンカイシチャイケナインダゼ」
「分解しちゃいけない……? どうして?」
「ソレハイエナインダゼ」

 分解してはいけない……その理由も言えない。何故だろう……いや、もしや。
 神の奇跡。それは果たして本当に奇跡なのだろうか。何の代償もなしに奇跡が起こるなんて、そんな都合のいいことがあるはずがない。もしかして魔理沙が人形になったのは……奇跡ではなく、契約なのでは? その一部に、私に身体をいじられてはいけないということも含まれているに違いない。神は奇跡のメカニズムを、僅かだろうと世に流したくないのだ。くそっ……。

「……ごめん魔理沙、無茶言ったね」
「ワカッテクレレバイインダゼ」
「うん。それじゃ一緒にご飯食べようか」
「タベルノゼ」




 【ウワァー! 魔理沙人形】

「ふふふ、霊夢は魔理沙が人形になったと知ったら驚くでしょうね……」
「オドロクノゼ」

 食事の後、私は魔理沙人形を、知り合いたちに顔見せさせておくことにした。最初は霊夢のところである。
 それなりの質量がある魔理沙人形を宙に浮かべるのは疲れるかなと思っていたけど、なんとこの魔理沙人形、私が力を貸さなくとも自分で飛べるのだった。いつのまにか持っていた箒で、私より早いくらいにびゅんびゅん飛んでいる。もはや私の自信はボロボロだ……もうやだ、正直ちょっと実家に帰りたい。

 実家に帰る計画を頭の中で練りながらも、私たちは飛び続けて、やがて神社にたどり着く。
 霊夢はまるっきりいつものように、縁側に座って茶を飲んでいた……と思ったが、なんだか少し違和感がある。
 そう、リボンだ。あの赤い大きなリボンでなく、細っこいリボンで髪を縛っている。

「霊夢、リボンどうしたの?」
「あー、これ。なんかリボン見当たらなくて……って魔理沙!」
「ああ、紹介するわね。こちら魔理沙人形よ。魔理沙が人形化したの。今は私が主」
「マリサー」
「え、あれ? いやどう見ても普通の魔理……じゃなくて! それ返せ!」

 霊夢はいきなり立ち上がると、魔理沙人形にお札をぶん投げてきた。「ウワァー」となんとか回避する魔理沙人形。霊夢が追い討ちをかけようとしていたが、まさかそれを見逃すわけにはいかない。

「霊夢! 私の魔理沙人形になにするの!」
「ナニスルンダゼ!」
「魔理沙人形って……あーもうめんどくさい、あんたらまとめてやっつける!」
「む、やる気ね……行くわよ、魔理沙!」
「イクノゼ!」




 【さよなら魔理沙人形】

 霊夢には勝った。リボンリボン喚いていたので、巫女服を剥いて持ち合わせのリボンで亀甲縛りにして神社に放置してきた。「ああああんたら、こんなことしてただで済むと思って……え、あれ? ちょっと、行っちゃうの? うそ、私これで放置? ちょ、待ってアリス……いえ待ってくださいアリスさん。せめてこれ解いて……あ、紫!? 助けに来てくれたの!? ちょうどよかったわ、これ解いて。それであいつら今度こそぶちのめして……え、ゆ、かり? なにその目、ちょっと怖……は、ふぁ、ちょっとやめ、やめてええええええええええ!!」とか言ってたけど、そんなのはどうでもいい。

 先ほどの戦いで、魔理沙人形が被弾してしまったのだ。ぐったりして、「ダゼ……ダゼ……」と繰り返している。魔理沙人形は重たい。背負って飛ぶのが思った以上に辛くて、途中でくじけそうになる。

「アリス、ワタシハモウダメナンダゼ」
「そんな……まだ、まだなんとかなるわよ! たった一発の被弾、私がちゃんと修理して……!」
「アリス……ブンカイハダメナンダゼ」
「っ……! でも、こんなときくらい……」

 魔理沙人形が首を横に振る気配がした。「アリス……ワタシヲジメンニオロシテクレ」と囁いてくる。
 私は……魔理沙人形の言うとおりにした。分解すらできない以上、どう処置すればいいのかわからない。魔理沙人形の言葉に従うしかなかったのだ。
 魔理沙人形を地面にゆっくりと横たえる。魔理沙人形は、私の手を握ってゆっくりと笑った。

「アリス……オマエッテホントテンネンダゼ」
「天然? ……いいえ、私もあなたと同じ。他者の手によって……魔界の神様によって造られたの。天然ものじゃあないわ」
「デモゴメン、ゴメンナ……ワタシ、モウアキタ」
「秋田? 外の世界にそんあ地名があるって聞いたことはあるけど……秋田、秋田がどうしたの!?」
「サヨナラ、アリス。マスタースパーク」

 視界が白に包まれた。




 【魔理沙人形なんていなかった】

 その後のことはよく覚えていない。気づいたら私は自宅のベッドに寝ていて、その私の顔を覗き込む影があった。

「おお、アリス。起きたか」
「魔理沙人形……無事だったの……?」
「違うぜ。魔理沙だぜ」
「魔理沙……? 魔理沙人形は……?」
「そんなかわいい人形なんていなかったんだぜ」
「いない……」

 そうなのか……すべては私の夢だったらしい。
 少し寂しい気もするけれど、仕方ない。夢の世界がどれだけ心地よいからと言っても、いつまでも夢を見ているわけにはいかない。目を覚まさなくてはならない。
 窓ガラスを突き破って、新聞の号外が床に突き刺さる。一面には、細い紐で縛られている巫女と、舌なめずりをする隙間妖怪の姿がある。この二人、いつのまにこんな関係になっていたんだろうか。

 私が夢を見ている間に、現実はどんどん進んでいくのだ。
 こんなことでは世界に取り残されてしまうだろう。魔理沙人形の夢は、決意を新たにするいい機会かもしれない。
 そう。私はこの現実と、「アリスー」と顔面で胸を揉んでくる魔理沙を抱いて、生きていくのだ。
 
 
 









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