博麗神社には妖怪がよく集まる。
 妖怪だけでなく、たまに人間もやってくる。どちらにせよ、だいたいいつも誰かが来たりする。
 神社はみんなの溜まり場になっている。巫女たる博麗霊夢としては妖怪の溜まり場にされるのは心外だが、実際になってしまっているものは仕方ない。溜まり場になっている、その現状そのものは認めている。そして神社に集まる連中も、半ば自覚して神社を溜まり場にしているのだが──



 ──ここまで述べた幾つかの事実。これらが、今回の悲劇の伏線であった。



「……あー」

 霊夢。こたつの中でぼんやり天井を見上げていて、ふと気づく。
 十二月二十四日である。
 クリスマスイブである。
 霊夢、考える。
 どうすっかね。
 なんか奮発した料理でも作る?

(べーっつに……)

 まあ、いつもどおりでいいよね。そんな余裕もないし。クリスマス? なにそれおいしいの? クリスマスだとお賽銭は入るの? 入りません。じゃあ別にいいじゃん。神社の財政。余裕が無いわけじゃないけど余裕があるわけでもないし。ブルジョアな人たちはね。この日にかこつけて家族やら恋人やら友達やらと美味しいもの食べたりするみたいだけどね。わたし家族も恋人もいないしね。うん。うん……

「……あ〜……」

 霊夢、思考の途中。酷く嫌そうな顔になって。

「んー……」

 悩む。ちょっとばかし悩む。
 今のところ何も聞いてない。クリスマスなので遊びに来るとか、何か食べに来るとか、酒飲みに来るとか。
 聞いていない。今のところは。
 でも、そもそも普段ここに来る連中は、事前に訪問を知らせることなんてまず無いし。

「……はぁ」

 霊夢は折れた。
 まぁ仕方ない。「せっかくのクリスマスイブ!」とか言ってどうせ誰か来るんだろうし。軽く食べ物の準備でもして待っていてやるとしよう。

「まったく、どいつもこいつも仕方ないったら……」

 よっこらせ、とこたつから身体を抜き出す。
 何にしてやろうか。クリスマスは鳥の足やら七面鳥の丸焼きやら食べることが多いとか。しかし今から里に買いに行くのは、少々時間も足りない。

(……あーもうめんどくさい、どうせ勝手に来て勝手に食って勝手に飲んでく連中だし。鍋でいいよ鍋で)

 ああめんどくさいめんどくさい、なんて言いながら足取りが軽かったりちょっとにやにやしてたりするあたりが、妖怪やら何やらに愛でられる一因だったりする。
 ともあれ、霊夢はそうして、クリスマスに誰かを迎える準備を始めていたのである。







 ──が、しかし。
「ふんふんふふ〜ん♪」と下ごしらえをこなす霊夢に、悲劇は確実に近づいていた。
 そう。みんなの溜まり場になっている博麗神社。今日もまた誰かが来るだろうと想像する方が自然である。
 実際のところ、それは間違っていなかった。魔理沙、紫、レミリア、萃香等々……どうせ霊夢はひとり寂しくやってるんだろうし遊びに行ってみるかなー、などと考える連中はそれなりにいた。本来ならば、神社はいつもの面子で賑わったことだろう。


 だが、まっすぐ進むその道筋を僅かに変える小石があった。それは、魔理沙たちが持っていた、『神社に集まる連中も、半ば自覚して神社を溜まり場にしている』という意識である。
 この意識が招いた事態、それは……。



「魔理沙、いるー?」
「ん、誰かと思えばアリスか。わざわざどうしたんだ?」
「いや、クリスマスだしせっかくだからケーキ作ってみたんだけど、思ったより多くできちゃって。せっかくだから食べに来ない?」


「紫様。冥界からお手紙届いてますよ」
「なになに……あらら」
「何が書いてあるんですか?」
「いやね、クリスマスだからって妖夢が料理作りすぎて、幽々子一人じゃ食べ切れなさそうだって……まあ、たまには二人でお食事でもどう? ってお誘いかしらね」


「あ、お嬢様。妹様が何かお話があるそうで」
「あいつが? いったい何かしら……」
「うーん、そういえば、クリスマスについて最近妹様に訊かれましたわ。その時に、プレゼントをもらったり、渡したり、交換する日だと言ったかも……」
「……ん?」


「おーい、ちょっとそこの鬼」
「おっと、誰かと思ったらバカ天人じゃん。何か用?」
「バカ天人いうな。ほら、今日ってさ、クリスマスとか言うらしいじゃん? せっかくだから一緒に天界のお酒でも飲みましょうよ」



 ──神社に集まる連中も、半ば自覚して神社を溜まり場にしている。
 この意識が招いた事態、それは。

(別に)
(私が行かなくても)
(霊夢のとこには)
(誰か行ってるよね)

 そう。
 何か別の予定の候補ができたとき。
 まあ自分が行かなくても霊夢は他の誰かと楽しくやってるだろうし、一人にはならないだろうと。
 そんな思考を誘発してしまったのだ。










「ふう、こんなもんでいいかしら」

 霊夢。日も沈んだし、そろそろ来るだろうと、準備万端でこたつに潜り込む。
 鍋。中身はすき焼き。鍋の脇には牛肉を山のように積み重ね。豆腐に白ねぎしらたきそして糸こんにゃくまで、それぞれ皿一杯に。溶き卵用の卵も、十個ほど用意してある。普段より長引くだろうことも考えて、割下も多めに用意。取り皿はひとまずこたつの四方に、それぞれ二枚ずつ置いておく。
 詰めれば八人ほどが入れるであろうサイズのこたつ。その上が鍋と具材で完全に埋まっていた。
 完璧。
 こたつが満員になったとしても多すぎるほどの分量。
 奮発という程度の言葉では不足してしまうほどの頑張りっぷり。
 霊夢は満足げに頷き、もぞもぞと、首までこたつに入れる。

「まったく、ほんとどいつもこいつも仕方ないったらもう……」

 あとは待つだけ。
 待つだけ……。



   「お、美味い。さすがアリスだな」
   「うん、さすが私ね」
   「おま……おまえそこはもうちょっと遠慮しろよ」
   「なんで? 私が作ったケーキよ?」
   「いやまあそうだけどさ」
   「魔理沙が焼いてくれたチキンは……え、これ焦げすぎじゃない?」
   「う」
   「まあ、ちょっと焦げてるくらいのほうが美味しいかもしれないけど」
   「そ……そうだろ!? そうだろ!!」
   「……やっぱり食べられたものじゃないわね」
   「ううっ」
   (……なんか面白い)



「……遅いわね」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「雪とか……降ってないわよね」

 もぞもぞ。

「早くしないと、お鍋が冷めちゃうわ……」

 もぞもぞ。



   「妖夢も腕を上げたわねぇ」
   「ほんとほんと。料理人として修行させてた甲斐があったわぁ」
   「……修行させてたの?」
   「幽霊任せじゃ味気ないご飯ばっかりだったから」
   「あらま……ご愁傷様、妖夢。でも美味しいわ」
   「でしょでしょ。ねぇ妖夢ー」
   「何ですか? 幽々子様……」
   「もうそろそろ新しい料理はいいわ。それより一緒に食べましょ」
   「そうね。せっかくクリスマスなんだし、みんなで食べましょうか」
   「い……いいんですか? ありがとうございます!」
   「まったく、そんな畏まらなくていいのに……」



「……………………」

「……お鍋、冷めちゃったな……」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 もぞもぞ。

「……………………」

「……………………」

「………………おなかすいた」



   「はい、私からお姉様へのプレゼント!」
   「これは…………これ……は?」
   「この妹めがお姉様のために心を込めて作ったクッキーですわ」
   「え……炭……?」
   「お姉様……食べていただけないの?」
   「……ねえ、フランドール」
   「なに? お姉様」
   「笑顔がドス黒いわよ」
   「……………………」
   「……………………」
   「チッ」
   「おっと逃げないでもらえるかしら妹よ。私もあなたにクッキーを作ってあげるわ」



 すん。

「……………………」

「……………………」

 すん、すん。

「……………………」

「……………………」

 すん。

 ぐすん。



   「うーん、やっぱ天界で月を見ながらのお酒は美味いね」
   「まあ、天界は退屈だけど、これに関してだけはなかなかよね」
   「って、あんたが天界を悪く言ってどうするんだい」
   「いいじゃない別に。はー、下界のお酒は土臭いけど、それがまたいい感じね」
   「褒めてるんだかけなしてるんだか……」
   「褒めてるのよ、一応」
   「一応って……。まあ、天界の味気ない酒に比べたら私の瓢箪のがずっと美味しいだろうけど」
   「む、なんか他の人に天界けなされると腹が立つわ」
   「なんじゃいそりゃ……」



 ぐすん。

「……………………」

 すん、すん。

 ぐすん。

「……………………」

「……………………」

 ごしごし。

 ごしごしごしごし。

「……………………」

 もぞもぞ。

「……………………おやすみなさい」



 ……こうして霊夢は、クリスマスをひとりぼっちで過ごすことになりましたとさ。



















 ……と思いきや。

「うおーい霊夢いるか? ってうわっなんだこりゃ」
「すき焼きの準備? まだ食べてないのかしら?」
「あら、霊夢ったらもう寝てるの? 夜はまだ始まったばかりなのに」
「すき焼き……! 大丈夫、少し休めばいけるわ。私の胃袋は宇宙よ……!」
「幽々子様食べすぎです! 自重してください!」
「ちょっとあんた、付いてこないでよ!」
「えー、お姉様だけみんなと一緒に食事なんてずるいわ!」
「まあまあお嬢様、妹様のことは私が見ておきますから」
「霊夢、天界の酒なんかより私の瓢箪酒の方が美味しいよね!?」
「何言ってんの、うちの酒の方が美味しいに決まってるじゃないの!!」


「んあ」


 霊夢は起きた。正確には起こされた。この騒々しい奴らに。
 なにがなんだかよくわからなかった。
 しばらくぼーっとして、なんとなくわかった。
 とりあえずあくびをした。長く、ながーーーーーーくあくびをした。ごしごしごしごし目をこすった。

「ちょっと霊夢、聞いてよ。魔理沙が料理みんな焦がしちゃって……」
「いや、アリスのケーキが美味しすぎてそれに気を取られてる間に……」

 魔法使いコンビは余ったケーキを持ってきたと言うので、とりあえず夫婦漫才に舌打ちしつつ、人数分切り分けさせることにした。

「妖夢はいつのまにか料理人として成長していたわ……まさか幽々子の胃袋を倒すまでになるとは」

 半人半霊の料理が多すぎて亡霊でも食べきれず、これまた余った料理を持ってきたと言うので、こたつの上を片付けさせて適当に置かせた。あと隙間妖怪は勝手にまったりしてたので鍋を暖めて来いと追い払った。

「騙されたと思ってもっかい食べてみなさいよ。たぶん美味しいから」
「やだやだやだやだやだやだお姉様私はもう騙されないわ」

 吸血鬼がクッキーを持ってきていたけど、せっかくだからメイドのクッキーを選ぶことにした。

「霊夢お酒ないのー?」
「おさけー」

 酔っ払った鬼と天人から酒をひったくってぐびぐびぐびぐび飲んだ。



 そのうち、あったかい鍋が戻ってきた。
 こたつはぎゅうぎゅう詰めだった。こたつの四つの辺にそれぞれ、霊夢と紫、アリスと咲夜とレミリア、幽々子と魔理沙とフランドール、妖夢と天子と萃香が入った。小柄なのは誰かの膝に乗せて、ほとんど無理矢理に入った。
 鍋やら酒やらケーキやら料理やら、それぞれ好き勝手ぐっちゃぐちゃに貪った。こたつの中で足がぶつかり合って戦争が勃発した。しばらく経てばみんなころころ寝始めた。当然のごとく片付けられてないこたつの上を見て、「こいつらは……」と溜息をついた霊夢は、だけど今さら片付けるのも面倒だし、お腹も一杯で眠くなってきていたから、自分も寝てしまうことにして。とりあえずそこらに寝転がっていた紫やらアリスやらを布団代わりに目を閉じる霊夢は、本人は認めないかもしれないけれど、それなりに幸せそうに笑っていたとか。


 こうして霊夢は、クリスマスをみんなと一緒に過ごしましたとさ。
 
 
 
 
 





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