【すぐ目の前にいるようなあなた曰く】

 心を読むなんて駄目。今時流行らないわ。
 ひとや妖怪の心が読めて面白いだなんて想像するかもしれないけど、大きな間違いよ。
 あんなものを見ても楽しいことなんてほとんど無い。
 腐るほど見てきた同じような心象か、他に類を見ない思考形態かのどちらか。
 要は、つまらないか、意味がわからないかのどちらか。
 総じてくだらないわ。第三者が予想する以上に。
 だというのに、心が読めるというだけで、いろいろなものに疎まれる。
 怖がられて、避けられて、嫌われて。
 生きづらいったらありゃしない。
 今にして思うと、きっと私も第三の目を閉じてしまっていた方が幸せだったに違いないわ。
 こいしは目を閉じて以来、他の妖怪たちから嫌われることもなくなって、自由に、楽しそうに毎日を過ごしてる。
 正直に言うと、あの子のことが少し羨ましい。
 けど、私はもう、閻魔様からお役目を押し付けられちゃったから。
 灼熱地獄跡、地霊殿の管理。
 これを務め上げるには、覚り妖怪に対して皆が持つ畏れも、他者の心を読み取るこの能力も、必要不可欠。
 心が読めないと、なかなかペットたちも懐いてくれませんしね。
 まあ、そういうわけで、私はもう今となっては、この目を閉じることはできないのですけど。
 もし許されるなら、ええ、こんな力なんてすぐに捨ててしまうでしょう。

 さて。少しでも聞いてくれていたら嬉しいのですけど。
 つまりは、心を読む妖怪なんて駄目、ということですよ。







【すぐうしろにいるようなあなた曰く】

 心を閉じるなんて駄目。今時流行らないわ。
 他のひとには、楽しそうってよく言われるけど。確かに楽しい気はするけど、実際よくわからないわよ?
 楽しい、っていうのがどういうことなのかよくわからなくなるの。いやほんと。
 昔はさすがにそのくらいわかってたはずだったけどね。もう忘れちゃったわ。
 自分ってのがぐにょぐにょになっちゃうのよね。
 結局、他人ってのは自分を映すための鏡になるわけ。
 だから他人を見るのをやめちゃうと、自分の姿も確認できなくなっちゃうのね。
 私たち覚り妖怪は他人を見ることに特化した生きもの。
 そのための器官として発達したこの目を閉じてしまうと、きっと、他人を見るのをやめたっていう精神の動きが、自分を映す鏡を捨てるって方向に強くフィードバックして、そんで自分自身が見えなくなって。
 意識ってのが薄くなって、無意識に溶けて。
 要するに、私みたいになっちゃうのね。
 いやー、第三の目なんて閉じるもんじゃないわ。
 まー心を読む能力なんて持ってたら確かにちょっと嫌われちゃうけど、考えてみたら妖怪なんて嫌われてなんぼだしねー。
 それ以前に自分自身がなくなっちゃったら全然意味ないわけだし。
 正直、ちゃんとまともに自分をやれてるお姉ちゃんがちょっと羨ましいわ。
 まあ、私はもう閉じちゃったから、どうにもできないんだけど。
 何かあってまたこの目を開くことができるなら、うん、きっとやってみるだろうなあ。

 さて。少しでも聞いてくれてたら嬉しいんだけど。
 つまりね。心を閉じた妖怪なんて駄目、ということよ。







【                】

 生まれかけの虚ろな意識で、二人に語りかけられたきみは、何かを思っただろうか。
 悩んでいるのだろうか。それなら良い。もしも悩むということができるほどに強固な「きみ」がまだ形作られていなくとも、ほんの少しか、きみの前に現れた二人にきみの中の何かが共起して、きみを定める手がかりにでもなればそれで良い。
 二人は、きみと同じ起こりのもので、先輩で、可能性だ。
 きみはあの二人の、どちらにもなれる。

 どちらになったとしても、きっと楽ではない。
 きみの二人の先輩はそこそこに楽しくやっているようだけど、それはおそらく、彼女たちが強いからだ。
 彼女たちが、それぞれに自分なりのやり方を見つけているからだ。

 たぶん、きみもそうしなくてはならない。
 ひょっとしたら、あの二人とも違う何かにならなくてはいけない。
 そもそもあの二人のことだって、あてにしすぎるのはお勧めしない。
 もしかすると、あの二人は、きみのことなんて何も考えていないかもしれない。
 きみのことを思って、ちゃんと真実を並べて、自分みたいにはならないように忠告するなんて、そんな殊勝な生きものであるとは、まったく限らない。
 彼女たちは強かで、自分勝手で、性格も悪くて、大切でないものの扱いはとても残酷だ。
 きみのことなんて、ちょっとした遊び道具か珍しいイベントという程度にしか考えていないかもしれない。

 たとえば心を読む方の一人は、妹への思いを他の誰にも覚られたくないがために、ただ独り心を読む妖怪でありたいだけなのかもしれない。
 たとえば心を閉ざした方の一人は、姉との不安定な関係を他の誰にも渡したくないがために、ただ独り姉に心を読まれない生き物でありたいだけのかもしれない。

 これらは、ひょっとしたらの話でしかない。
 けれど、きみにとって彼女たちが、同じ起こりのもので、先輩で、可能性でしかないように。
 彼女たちにとっても、きみはまだなにものでもない。

 きみは、ひとりだ。
 きみは、まだ、ひとりだ。
 いつか、そうでなくなるかもしれない。

 たとえばきみは、心を読む方の一人と気持ちを通じ合わせて、その背を支えて共に歩き、心を閉ざした一人とは恋のライバルになるかもしれない。
 たとえばきみは、心を閉ざした方の一人と手を取り合って、きみが想像するよりもはるかに広い世界を、どこまでも遠く歩いてゆくかもしれない。

 それは、いつかきみが望み、選び、求め、手に入れるべきものだ。
 どんなものも簡単に得られはしないだろうけれど、なに、心配しすぎることもない。
 きみの先輩たちだって、途中でいくつも間違えているくせに、なんだかんだとそれなりに楽しくやっているのだから。



 おや、きみがかたちを持ち始めたようだ。
 先輩たちが走り寄ってくる。そろそろきみも、その気配を感じられるだろうか。
 きみはこれから、どちらかの手に抱かれる。
 もしかしたら、きみの方から手を伸ばすのかもしれない。
 きみの最初の一歩。きみの物語の始まり。

 いってらっしゃい。そしてようこそ。
 この素晴らしい世界を、どうかきみが楽しめますように。
 
 




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